もう原発の話はやめるつもりだったが、専門家も問題を誤解しているようなので、少し補足しておく。林貴志氏の次のようなつぶやきを齊藤誠氏がRTしている。
「原発がなくなって電気料金が高くなったら産業の競争力が落ちる」という類の意見がTLに流れてきているが、外部不経済を内部化した結果そうなるならば、それは所与の条件から得られるものが高々そういうものでしかなかった、ということなのだろう。
これは短期と長期の問題を混同している。長期(設備投資を含めた投資の回収)を考えると「原発がなくなって電気料金が高くなる」かどうかはわからない。核燃料サイクルなどの外部性のコストを内部化すると、原発の発電単価は火力とあまり変わらないので、向こう40年で原発をゼロにしたとしても、それを徐々に化石燃料で置き換えれば、長期の電力コストはそれほど変わらないだろう。

ただし原発は固定費が大きく燃料費が小さいため、短期の限界費用は小さい(おそらく1円/kWh以下)。だから「反原発」デモが主張しているように、すべての原発を即時停止すると、火力の燃料費で電力会社の営業利益が吹っ飛ぶ(中部電力では年間2000億円、東電では1兆円の損失)。したがって短期的には、原発を夏までに再稼働しないと電力不足と電気料金への転嫁が起こることは明らかだ。

このようなコスト上昇によってトヨタやNTTデータが海外に拠点を移すと、将来安くなっても日本には戻ってこない。もともと日本のインフラや規制や法人税のコストはアジアでは最高だから、電力不足というきっかけで空洞化が起こってしまうと、その流れは不可逆なのだ。さらに原子力を再生可能エネルギーで代替することは、きわめて大きな問題をもたらす。河野太郎氏はこう主張している:
原発を40年かけてフェードアウトして、その間に再生可能エネルギーの技術革新を実現させていこう、そのためにその分野に投資をしていこうという議論ではないか。

だから電力会社の地域独占を廃止し、発送電の分離を実現させ、総括原価方式の料金決めをやめるということが必要になってくる。
これは前半と後半が論理的につながっていない。普通に発送電の分離をしたら、再生可能エネルギーはまったく普及しない。その発電単価は化石燃料の5~10倍だからである。それを普及させるには補助金(FIT)が必要で、それは電力利用者がサーチャージとして負担する。この場合、電気料金は確実に上昇し、日本は国際競争力を失う(これは河野氏もインタビューで認めた)。

だから問題は原発か再生可能エネルギーかという二者択一ではないのだ。電力を自由化すれば、ROAが低くて投資の回収期間が長く、最適規模の過大な原発は投資家にとって魅力がないので比率が下がるだろう。発送電を分離して競争を促進すれば、化石燃料(特に天然ガス)への代替が徐々に進むものと思われる。もちろん外部性を内部化するルールの設定は必要だが、政府が裁量的に特定のエネルギー源を禁止したり補助したりすることは望ましくない。

再生可能エネルギーについては、温室効果ガスという別の要因があるが、スチュワート・ブランドもビル・ゲイツも指摘するように、CO2の削減にもっとも有効なのは原子力である。だから一般に考えられているのとは逆に、原子力は経済的ではないが環境にやさしいクリーン・エネルギーなのだ(それがオバマ政権の方針である)。

したがって環境保護のためには再生可能エネルギーの補助金なんか必要なく、原子力を推進することがもっとも経済的だ。再処理工場などに投じた固定費も大きいので、今後の限界費用だけを考えれば、おそらく化石燃料といい勝負だろう。だから今後のエネルギー政策としては、原発を温存しながら天然ガスの比重を徐々に上げ、再生可能エネルギーの補助金は廃止することが望ましい。