電力自由化の経済学 (経済政策分析シリーズ)きのうの読書ガイドで本書を取り上げるのを忘れていたので、紹介しておこう。本書は2004年の本だが、私が経済産業研究所に勤務していたころ、ファカルティ・フェローだった八田達夫氏のプロジェクトの研究をもとに書かれた論文集である。テクニカルなので一般読者向きではないが、その考え方は今でも有効だ。

当時は、村田成二事務次官のもと発送電の分離をめざす経産省と、これに抵抗する電気事業連合会の闘いが続いていた。経産省のバックには高い電気料金を不満とする財界主流の意向があったが、電事連は自民党の族議員にすがって分離を阻止しようとした。その妥協の産物として日本電力卸売取引所ができたが、送電網の分離はできなかったため、電力自由化は中途半端に終わった。

このとき電事連は、カリフォルニアの大停電やエンロン事件などをあげて「市場原理主義」によって電力の安定供給が脅かされると主張したが、本書が詳細に検証しているようにこれは逆である。カリフォルニアの失敗の原因は、卸売市場を自由化する一方で小売価格の規制を続ける中途半端な自由化だった。卸売にエンロンのような投機筋が入り込ん電力供給を意図的に絞り、これによって卸売価格が数十倍に急騰したが、小売価格には上限があったため、大幅な逆鞘になって電力会社が破産したのである。

電力自由化の目的は、単に電気代を下げることではない。料金体系を競争的にすることによって電力設備への投資を効率化し、資源の有効利用を実現することが重要である。電力業界の最大の問題は、真夏のピーク時のために過大な発電・送電設備への投資を行ない、1年の大部分は休止している効率の悪さである。政府がこの過大投資のコストを地域独占のもとで「原価+適正利潤」で転嫁させてきたため、電力会社に効率化のインセンティブが働かない。

発送電が分離されると、新規参入するPPS(独立系の発電事業者)のねらいは、ピーク時と最低で1.7倍も違う需要に対して一律の電気料金で提供している価格のゆがみである。普段は電力会社より安い料金で提供し、ピーク時には料金を電力会社より高くする(利用率を減らす)鞘取りによって、PPSは設備利用率を上げて利益を得ることができる。電力会社も、これに対抗してピークロード料金を導入し、需要を平準化させるだろう。その結果、「電力品質」を大義名分とする発電設備への過剰な投資が抑制される。

また電力会社を多くの発電会社に分割すれば、投資の回収期間が長く効率の悪い原発への投資も減るので、「脱原発」は市場の圧力で進むだろう。電力を使う企業もコストに敏感になるので、節約のインセンティブが強くなり、電力消費が減る効果も期待できる。ただし日本の問題は、PPSが財閥系や重厚長大企業ばかりで、真剣勝負の価格競争が起こらないことだ。ソフトバンクが参入すべきなのは、補助金頼みの「メガソーラー」ではなく、PPSだと思う。