古典で読み解く現代経済 (PHPビジネス新書)アダム・スミスからフリードマンまで6人の経済学者のテキストで日本経済の問題を考える拙著が、PHPビジネス新書の5周年記念企画として、今週発売される。アゴラブックスからも同時に、電子書籍として発売する。例によってまえがきの一部を引用しておこう:

2011年3月11日に起こった大震災は、日本に大きな衝撃を与えました。ゆるやかに衰退の道をたどっていた日本の問題が、ここにきて一挙に表面化した感があります。意思決定のできない政治システム、硬直化した官僚機構、効率の悪い企業経営などの欠陥が、経済の急速な落ち込みをもたらしています。復興需要で一時的にGDP(国内総生産)は増えるかもしれないが、国富は20兆円以上失われ、電力不足はあと数年は続くと予想されています。

しかし日本経済が3・11以降に直面する問題は、本質的には新しいものではありません。かつて日本が力強く成長していた時期には、あり余る生産能力に対して不足する需要を追加することが重要でしたが、これから日本が直面するのは、減少する労働人口、増加する老齢人口、そして激化する新興国との競争などの供給制約です。そこにエネルギー問題が加わり、生産能力の効率化が必要です。

率直にいって、老齢化して負の遺産を抱え込み、意思決定能力を欠いた政治家と経営者が舵取りをする日本経済が、自己革新をなしとげてよみがえると期待することはできません。できるのは急速な衰退を避けてソフト・ランディングすることぐらいで、それだけでも、かなり骨の折れる仕事になりそうです。

本書は2011年1月から2月にかけて行なった「アゴラ連続セミナー」の記録に手を加えたものですが、自分の話に加筆していると、全体を通したテーマが「不確実性」だったことに気づきます。アダム・スミスやマルクスの時代から、資本主義は大きなリスクをはらんだシステムでした。

その肯定的な面をみるスミスやハイエクやフリードマンは自由主義を主張し、それを否定的にみるマルクスやケインズは国家の介入を求めましたが、彼らのみていた資本主義の特徴は一つだったように思います。それはよくも悪くも変わり続けることによってしか維持できないダイナミックなシステムであり、これが一方ではイノベーションを生み出すとともに他方では金融危機をもたらし、人々の欲望をかきたてるとともに不安にします。

それを「無縁社会」などと呼んで否定しようとする今の日本は、資本主義のダイナミズムにいささか疲れてきたのかもしれません。ここらで競争社会から降りて、エネルギーを使わないでのんびり過ごしたいという気持ちもわかりますが、そのコストは小さくありません。それを端的に示したのが、今回の計画停電でした。豊かな生活に慣れた人々が貧しい暮らしに順応することは、かなり苦痛をともなうでしょう。

特に若い世代にとっては、前の世代が過剰に消費したコストを負担させられ、さらに貧しくなる未来が待っています。民主党政権が錯覚していたように、あり余る富を貧しい人に再分配して「地球にやさしい生活」のためにコストをかける余裕など、実は日本経済はないのです。

これから必要なのは、縮んでゆく生産能力(資本・労働)を有効に利用するための制度改革と、限りある資源を世代間で公平に分配するための財政再建ですが、どちらにしても楽しい仕事ではなく、多くの人々にとって苦痛をともなうでしょう。そういう時代を生きるために、資本主義とはどういう経済システムなのか、という根本問題を古典に学ぶことも役立つかもしれません。


第1講 既得権を考える――『国富論』
第2講 金融危機を考える――『資本論』
第3講 イノベーションを考える――『リスク・不確実性・利潤』
第4講 大不況を考える――『雇用・利子および貨幣の一般理論』
第5講 自由主義を考える――『個人主義と経済秩序』
第6講 財政危機を考える――『資本主義と自由』