つまらない話だが、いまだに「お前はメルトダウンしないと言ったじゃないか」という類のコメントが来るので、整理しておく。

問題を混乱させたのは、細野首相補佐官(原発担当)の発言である。彼が「1号機の原子炉の状態はいわゆる“メルトダウン”の定義が当てはまると思う。原子炉の底のほうにほぼすべての燃料が溶けて集まっているとは私も想定しておらず、認識が甘かったと反省している」と謝罪したため、メディアが「初めてメルトダウンを認めた」とか「今まで隠蔽していた」とか騒いでいるが、これは彼の個人的な定義にすぎない。

私は3月12日の記事で、保安院の資料に「燃料溶融」という言葉があることについて
「燃料溶融」が完全なメルトダウン(炉心溶融)を意味するわけではない。核分裂が暴走して炉心溶融で圧力容器が破壊されると、核燃料が水蒸気と反応して爆発し、大量の放射性物質が大気中に放出される。これがチェルノブイリのような最悪の事態だが、今回は緊急停止で制御棒が入っているので核分裂は止まっており、その心配はない。
と書いた。これが業界の標準的な定義であり、この意味でのメルトダウン(チェルノブイリ型事故)は起きていない。しかし枝野官房長官が記者会見で「炉心溶融」という言葉を使い、それを海外メディアがmeltdwonと訳したため混乱した。さらに自称ジャーナリストが「少しでも燃料が溶けていたらメルトダウンだ。政府は問題を隠蔽している」などと騒いだため、混乱が拡大した。

もともとmeltdownという言葉は、軽水炉では典型的には次のような大事故のことをいう。
  1. 冷却水が失われて燃料棒が空だきになり
  2. 制御棒が挿入できずに緊急停止に失敗し
  3. ECCSが作動せず
  4. 燃料棒が過熱して2700℃(鉄の融点を上回る)以上になり
  5. 溶融した核燃料が圧力容器を溶かして格納容器に漏れ出し
  6. 水蒸気爆発を起こして格納容器も破壊し、大量の死の灰が周辺に降り注ぐ
初期にはこの一連の過程は不可避と考えられていたため、炉心溶融=原子炉の破壊という意味でmeltdownが使われた。しかしスリーマイル島の事故で、このような認識は間違っていることが判明した。このときも炉心の大半は溶けたが、それは圧力容器の中に収まり、放射性物質を含む蒸気が格納容器の外に漏れただけだった。だからメルトダウン=炉心溶融は致命的な事故ではないのである。

他方、チェルノブイリは黒鉛減速炉なので少し違うが、結果的には原子炉が全壊して死の灰が大量に放出される事故が起こった。これは炉心溶融そのものと区別してチャイナ・シンドロームと呼んだほうがいいが、これをメディアがmeltdownと呼んだために誤解が定着してしまった。

福島第一原発の事故では、配管は破断していないので1は起こらず、制御棒が挿入されたので2も起こらなかった。電源が切れたため3が起こったが、冷却水が失われなかったので4以下は起こらなかった。ただ冷却水が循環しないため、燃料棒がゆるやかに過熱して溶融した。これは初期の段階で予想されたことで、細野氏がそれを「想定していなかった」とすれば、彼が事態を理解していなかっただけだ。

いずれにせよメルトダウンという言葉は、燃料が部分的に溶けることから原子炉が全壊することまでさまざまな現象を示すので、使わないほうがいい(専門家は使わない)。記者会見では保安院も「・・・と定義すると」と答えていたが、メディアはその但し書きを無視して「致命的な事故」という意味で使うので、つねに事態が誇大に伝わるバイアスを生み出してしまうからだ。

追記:その後の東電の発表で、原子炉内の温度は2800℃まで上がっていたことが判明した。上の4まで起こったわけだが、これで原子炉が破壊されなかったのは朗報である。「アゴラ」で補足した。