a0bed2ea.jpg東電救済の「政府原案」なるものの微妙に違うバージョンが、あちこちにリークされている。朝日新聞に流れている案では、電力各社でつくる「賠償機構」が東電の返済を支援し、賠償総額4兆円のうち東電が2兆円を負担する。あと2兆円を電力各社が賠償機構への「負担金」として10年にわたって負担するという。

この案については星=カシャップ=シェーデ高橋洋一氏の批判がある。要するに変な「機構」をつくらないで、普通に会社更生法で処理するべきだという話だ。私も同様のコラムを書いたが、法的には厄介な問題があるようだ。

Bewaad氏(某官庁のキャリア官僚と思われる)によると、会社更生法で東電を破綻処理すると、株主は100%損失を負担するが、その次は高橋氏のいうように社債の所有者が損失を負担するのではなく、被災者の損害賠償請求権がカットされるという。東電の社債は一般担保つきの優先債権である一方、損害賠償には担保が設定されていないからだ。

小川敏夫法務副大臣は、国会で自民党の佐藤ゆかり議員の「会社更生計画において損害賠償請求権は、いわゆる棒引き交渉の依頼をする対象になり得るのではないか」との質問に「一般債権は優先債権に劣後しておりますので、優先権の方が先に優位に弁済される」と答えている。実際の破綻処理では必ずしも一般債権が劣後しているわけではないようだが、これは裁判をやってみるまでわからない。

だからbewaad氏は「政府スキームこそが国民負担極小化・東京電力負担極大化スキーム」だと主張するのだが、これは疑問がある。最大の問題は、今回の事故の当事者ではない他の電力会社が半分の「負担金」を払うことだ。これは法的にはどういう性格の債務なのか、はっきりしない。しいていえば、90年代の不良債権処理でよく使われた奉加帳方式だろう。

あなたが関西電力の株主だとしよう。今年6月の株主総会で、経営陣から「当社は東電の事故の損害賠償を今後10年間で1兆円払うことになりました」と報告を受けたら、あなたは納得するだろうか。普通の株主なら「なぜ東電の事故の賠償を関電がするのか」と追及し、経営陣が根拠を示せなければ株主代表訴訟を起こすだろう。この訴訟で関電の経営陣が敗訴したら、彼らは個人で最大1兆円を弁済しなければならない。

要するに問題は「国民負担極小化・東京電力負担極大化」ではないのだ。もし政府原案のいうように東電が債務超過ではないのなら、このような奉加帳を回す必要はなく、20年でも30年でもかけて賠償を行なえばよい。政府が資金繰りを支援することは必要でも、「賠償機構」をつくる必要はない。

だからこういう賠償機構をつくるのは、東電が債務超過に陥ることを想定しているものと思われるが、これは破綻した東電を他の電力会社の資金で救済するもので、まったく責任のない電力会社の株主と利用者が理由のない負担を強いられる。当初はこれを「保険料」と称していたが、世の中に事故が起きてから払う保険料なんかない。

つまり問題は、ルールの明確化なのである。曖昧な奉加帳を回すと、「電力会社はわけのわからない巨額の負担を強いられる」と考えて、投資家は電力株を売るだろう(そういう動きはすでに起こっている)。日本は資本主義のルールの通じない国だと思われると、海外からの投資もなくなる。莫大な損失の負担をめぐって政治的なロビー活動が展開され、国会が大混乱になるのは、90年代の住専問題で経験したことだ。

近代社会でもっとも重要なのは法の支配である。ルールのない国では、ビジネスはできない。会社更生法では損害賠償の債権順位が低くなるのなら特別立法でやるしかないが、その際も他の電力会社を入れないで東電の株主や社債所有者の責任を明確にすることが不可欠の条件である。

追記:政府が賠償のための基金をつくれば、政府に対する債務は最優先になるので、会社更生法で処理できるという説もある。ただし汚染水の処理費用が数兆円の規模になる、と国会で指摘されている。これを含めた廃炉費用は「賠償機構」では救済できず、引当金もほとんど積まれていないので、政府が裁量的に救済することには無理があるのではないか。