ガイアの復讐私は1990年に、中沢新一氏をキャスターにして作った「森・不思議の旅」という番組で、著者ジム・ラブロックにインタビューしたことがある。彼は地球は生きたシステムだという「ガイア仮説」で知られているが、「ガイアを守れ」という類の話には批判的だった。

しかし本書では、地球温暖化によって人類(ガイアではない)が危機に瀕すると主張している。この種の終末論には疑問が多いが、地球が温暖化していることは事実である。したがってエネルギー問題を考えるときは、少なくとも次の4つの制約条件のもとで問題を解かなければならない。
  • エネルギー価格
  • 安全性
  • 供給の安定性
  • 環境への影響


この4つの条件をすべて満たす理想のエネルギーはなく、これらはトレードオフになっているので、どう優先順位をつけるかは国民の選択である。目的関数の取り方はいろいろ考えられるが、著者やビル・ゲイツのように1と4を重視する立場からは原子力が望ましいという答が出る。

著者が警告するのは、「放射能の恐怖」が極端に誇張されているということだ。チェルノブイリ事故で数十万人が癌で死亡したという人がいるが、WHOによれば死者は50人以下である。最悪の推定でも、チェルノブイリによって欧州に住む人々の寿命が2~3時間短くなる程度だが、タバコで寿命は7年短くなる。

もう一つの答は再生可能エネルギーだが、著者はこれについては否定的だ。太陽エネルギーのコストは高く不安定で、風力発電は環境を破壊する。私が著者にインタビューしたころから、再生可能エネルギーの効率はほとんど上がっていない。もちろん環境省のいうように技術的な「ポテンシャル」はあるので、技術開発を続けることは必要だが、ポテンシャルがビジネスとして実現するとは限らない。

ドイツが「脱原発」に舵を切ったと賞賛する向きがあるが、ドイツの電気料金は欧州で(原発ゼロの)イタリアに次いで高く、もっとも安いのは原発80%のフランスだ。「国際競争力が落ちる」という批判に配慮してメルケル政権は原発の延命を決めたが、福島事故でそれを撤回した。しかしドイツはフランスから電力を輸入するので、フランスの原発が増えるだけだ。

エネルギー政策は、資源の枯渇や環境問題や地政学まで含む複雑な制約条件のもとで解かなければならない連立方程式であり、「安全」とか「エコ」とか一つの条件を絶対化するのは間違いのもとだ。再生可能エネルギーの開発は必要だが、それが商業的に成功するには発送電の分離などの制度改革が不可欠だ。物理的なエネルギー効率では原子力をしのぐものはないので、多くの欠点はあるがそれを捨てるべきではない。