招かれざる大臣 政と官の新ルール (朝日新書)運用3号をめぐる騒ぎは、政権をゆるがすスキャンダルになってきた。当初は「課長が勝手にやったこと」として担当課長を更迭したが、一昨日になって岡本政務官が事前に聞いていたことが明らかになった。そもそもこれを決めたのは長妻元厚労相なのだから、課長をスケープゴートにするとはとんでもない話である。

本書は、その長妻氏が大臣になってから内閣改造で追い出されるまでの1年を振り返ったものだが、彼の意図とは別の意味でなぜ彼が追い出されたかがよくわかる。本書に出てくる「政治主導」の具体例は、個別の案件に拒否権を発動したり人事に口を出したりする話ばかりで、日本の社会保障をどうするかというビジョンがまったくないのだ。

財政危機の最大の原因は官僚の無駄づかいではなく膨張した社会保障なのに、それを抑制する気がなく、出てくるのはバラマキ福祉を増やせば安心して働けるので成長率も上がるといった「強い社会保障で強い経済」の類のバラ色の話ばかり。この発想でいけば、年金保険料を払ってない専業主婦がかわいそうだから、年金をばらまこうということになるのだろう。それを法的根拠のない「課長通知」で行なうのも、何事も法律でしばられる霞ヶ関の掟をきらって「大臣決裁」を振り回した彼らしい。

本書を読むと、民主党の「政治主導」なるものが単純な正義感で、それを実現する戦略も実現できる人材もなかったことがよくわかる。社会保障についての知識も人脈もなしに、ドンキホーテよろしく霞ヶ関に突撃し、はね返されましたといってみても誰もほめてはくれない。こんな幼稚園児みたいな政治家よりは、既得権にまみれた自民党のほうがまだましに見えてくる。日本の政治には、小さな悪と大きな悪の選択しかないのだろうか。