日本で経済学が信用されない一つの理由は、それが依拠している合理的個人という人間像が、日本人の感覚に合わないためだろう。他方、新古典派やフリードマンにとっては主体が合理的に選択して全責任を負うというのは自明の前提だが、大陸のポストモダンは主体の概念を疑うことを一つのテーマとしてきた。特にフーコーは晩年に「私のテーマは一貫して権力ではなく主体だった」と述べている。本書は彼の思想を主体という概念を軸にして概観したものだ。
初期の『臨床医学の誕生』や『狂気の歴史』では、フーコーは近代的な合理性が非合理な「狂気」を排除することによって形成された過程をたどり、『言葉と物』では<人間>という概念が18世紀以降の啓蒙思想によって作られたフィクションであることを明らかにする。「不可侵の人権」や「国民主権」は近代国家を支えるフィクションであり、労働の生産物をその生産者が「所有」する権利は市場経済を支えるフィクションである。
『監獄の誕生』では、こうした人間=主体がいかに形成されたかを明らかにする。フーコーはクラウゼヴィッツの有名な言葉を逆転して「政治は異なる手段による戦争の継続である」とのべている。人類の歴史が始まって以来つづいてきた戦争を抑圧し、人々を権力に従属(subject)させて休戦状態を作り出すことが近代国家の本質であり、権力を内面化した主体(subject)を一望監視して規律づけるパノプティコンがその暗喩だった。
しかし彼はその後、この暗喩を捨てる。パノプティコンは個人からは見えず、彼らを監視するだけなので、それは存在している必要がない。本質的なのは個人が「自己責任」の原則で自分を規律づける主体化=従属化の過程であり、もっとも洗練された生政治は、市場経済や民主主義のような「中心のない構造」である。
そして生政治の事例研究として選ばれたのが『性の歴史』だった。懺悔においては、自分だけが知っている「内面の真理」を教会に告白することによって個人は主体化=従属化される。このような牧人・司祭権力は、近代では精神分析という「治療」の形をとった。人々の悩みを聞いてやさしく保護する「福祉国家」は、生政治の通俗的な形態である。
しかし性は、主体化=従属化のメカニズムを解明する素材としては誤った選択だった。性は権力によって抑圧されたのではなく、実は過剰に語られてきたからである。このためフーコーは方向転換し、『性の歴史』の第3巻では「自己への配慮」をテーマとし、晩年はパレーシアというテーマに執着するが、それを完成しないまま世を去った。
この最晩年のフーコーについては、まだ講義録などがフランスで刊行されている状況で、わからないことが多い。彼は主体をキリスト教に由来する権力概念と考えていたが、パレーシアはそれとは異なる系統の、ギリシャ以来の「自然」とまじわる自己の概念であり、そこに彼は自己を監視する近代的な主体概念とは別の自己のあり方の可能性をみていたらしい。
晩年のフーコーの思考は『主体の解釈学』にまとめられているが、きわめて難解で混乱している。しかし明らかなのは、自律的な主体という概念が西欧近代の作り出した人工物であり、それを支えているのは自由で合理的な個人ではなく、人々を分断して自己という牢獄に閉じ込める近代国家の権力装置だということである。
『監獄の誕生』では、こうした人間=主体がいかに形成されたかを明らかにする。フーコーはクラウゼヴィッツの有名な言葉を逆転して「政治は異なる手段による戦争の継続である」とのべている。人類の歴史が始まって以来つづいてきた戦争を抑圧し、人々を権力に従属(subject)させて休戦状態を作り出すことが近代国家の本質であり、権力を内面化した主体(subject)を一望監視して規律づけるパノプティコンがその暗喩だった。
しかし彼はその後、この暗喩を捨てる。パノプティコンは個人からは見えず、彼らを監視するだけなので、それは存在している必要がない。本質的なのは個人が「自己責任」の原則で自分を規律づける主体化=従属化の過程であり、もっとも洗練された生政治は、市場経済や民主主義のような「中心のない構造」である。
そして生政治の事例研究として選ばれたのが『性の歴史』だった。懺悔においては、自分だけが知っている「内面の真理」を教会に告白することによって個人は主体化=従属化される。このような牧人・司祭権力は、近代では精神分析という「治療」の形をとった。人々の悩みを聞いてやさしく保護する「福祉国家」は、生政治の通俗的な形態である。
しかし性は、主体化=従属化のメカニズムを解明する素材としては誤った選択だった。性は権力によって抑圧されたのではなく、実は過剰に語られてきたからである。このためフーコーは方向転換し、『性の歴史』の第3巻では「自己への配慮」をテーマとし、晩年はパレーシアというテーマに執着するが、それを完成しないまま世を去った。
この最晩年のフーコーについては、まだ講義録などがフランスで刊行されている状況で、わからないことが多い。彼は主体をキリスト教に由来する権力概念と考えていたが、パレーシアはそれとは異なる系統の、ギリシャ以来の「自然」とまじわる自己の概念であり、そこに彼は自己を監視する近代的な主体概念とは別の自己のあり方の可能性をみていたらしい。
晩年のフーコーの思考は『主体の解釈学』にまとめられているが、きわめて難解で混乱している。しかし明らかなのは、自律的な主体という概念が西欧近代の作り出した人工物であり、それを支えているのは自由で合理的な個人ではなく、人々を分断して自己という牢獄に閉じ込める近代国家の権力装置だということである。