おとといのアゴラの記事で、池上さんのことを書いたら、「わかりやすく解説する人を上から目線で批判している」というコメントがあったので、ひとこと弁明しておく。

池上さんと私は、一緒に仕事をしたことがある。「シミュレーション関東大地震」というNHK特集で、国土庁の内部資料をもとにして南関東地震で15万人死ぬという被害想定をコンピュータ・グラフィックスで表現した。番組の半分以上が3DのCGというのは1988年当時としては初めてで、東京のどこにいたら死ぬかを具体的に示して問題になった。池上さんは当時、社会部の遊軍キャップだったので、彼のところに資料を持って行ったら「おもしろい」と一発でOKしてくれた。

その後、彼は「週刊こどもニュース」で有名になった。普通の記者はああいう仕事はいやがるものだが、それを11年もやったのは彼なりの信念があったからだろう。それは平均的な視聴者は驚くほどものを知らないということだ。たとえばEUの財政危機の話をするとき、池上さんは「EUの加盟国を知ってますか?」という話から始める。普通の視聴者はEUという名前は知っているが、その意味はぼんやりとしか知らないので、それは新情報なのだ。

もちろん知っている人にとっては、池上さんの話はほとんど情報がない。だいたいウィキペディアに書いてある程度の内容をなぞっているだけだ。しかしそれは大部分の視聴者にとっては、形骸化した公教育よりずっと価値のある社会人教育なのだ。彼はNHKの大事なノウハウを活用して、民放も気づかなかった新しい市場を開拓したイノベーターなのである。

ただ私は、こういうNHKの表現の幅の狭さが大きらいだった。1億人に理解できなければならないという建て前があるので、無知な上司のレベルにあわせなければならない。特にコンピュータや金融など、絵にならなくて難解な番組では、試写で局長に「回線って何や?」と質問されると電話回線の説明をする・・・といった不毛な解説に番組の8割が費やされ、最先端の情報は「わからん」と落とされる。だからNHKのアーカイブには、オヤジに理解されなかった特ダネが大量に埋もれている。

しかし池上さんのような解説は、これからテレビが老人メディアになるにつれて、ますます重要になるだろう。世の中は最先端の知識だけで動くわけではなく、大衆の基礎知識を引き上げることはそれ以上に大事だ。実はこどもニュースを見ていたのは子供ではなく、大人だった。せめてあれぐらいの基礎知識をすべての政治家がもてば、日本の政治はかなりよくなると思う。