今年のベストワンは、文句なしに1。研究者はみんな原著で読んでいるだろうが、契約理論の古典が15年ぶりに翻訳されたのはめでたい。不完備契約とか残余請求権といった訳語は日本語としてはまずいが、現代の企業組織やガバナンスを理解する上で不可欠の概念である。

2は2008年の金融危機をグローバルな視野から分析するもので、今のところこの種の本のベスト。3は昨年の本だが、Northが経済史を「暴力」の概念で再構築しようという意欲作。4は教科書だが、生産性を技術よりも人的資源の観点からとらえている。5は知的財産権を全面的に否定する問題作。
  1. 企業 契約 金融構造
  2. Fault Lines
  3. Violence and Social Orders
  4. 経済成長
  5. <反>知的独占
  6. 自我の源泉
  7. The Microtheory of Innovative Entrepreneurship
  8. When China Rules the World
  9. バーナンキは正しかったか?
  10. フーコー 生権力と統治性


今年のベストセラーは『もしドラ』とか水嶋ヒロとかろくなものがなかったが、サンデルが売れたのは唯一の救いだった。市場経済で正義や幸福は実現できるか、といったむずかしい問題に、本当に60万人も関心をもっているのかどうかよくわからないが、これは今後の日本でますます重要な問題になると思う。富だけで人間の幸福をはかる限り、これから日本人は不幸になるだけだからだ。サンデルは学生むけの入門書なので、本格的に勉強する人にはロールズノージックは必読書である。コミュニタリアンを代表するのは、マッキンタイアと6だろう。どれも厚くて高いが、正月にじっくり読んでみてはどうだろうか。

今年最大の食わせ者は、『デフレの正体』である。本書が「常識の逆」と称して繰り返し説明しているのは「人口が減ったらGDPが下がる」という自明の常識で、これは「デフレ」ではなく成長率の低下である。また労働人口の減少は著者のいうような宿命ではなく、生産性の向上や労働市場の改革である程度はカバーできる。こんな駄作を「目から鱗が落ちた」などと賞賛する評論家がたくさんいるのも困ったものだ。彼らの目には、まだ鱗が何枚もついているのではないか。