物理学を勉強しないで電子回路を設計する人はいないが、成長理論を知らないで「成長戦略」を語る人は多い。まぁ経済学とはその程度の学問だと思われているのだろう。特に成長理論は、数学的に高度なわりに実用にならないと思われているが、最近は途上国で政策に応用されたりして経験的な蓄積も増えた。本書はそういう経験も踏まえて実証データに重点を置いた経済成長の教科書で、数学的にはやさしいのでサラリーマンでも読める。

本書の特長は、内生的成長理論などの高度なモデルを使わないで、なるべく伝統的な成長理論で説明している点だ。成長率を決める上でもっとも重要な生産性の中身も、かなりの部分はテクノロジーというより新古典派的な効率性で説明できるとしている。これは産業を部門別に比較すると明らかだ:

米国 日本 ドイツ
自動車10012784
鉄鋼100110100
通信1005142
食品加工1004284
全産業計1006789

産業別の生産性(1990年代前半 米国=100)

日本の生産性は自動車では世界のトップだが、食品加工では最低だ。これは農業保護や安全基準などの複雑な規制が原因である。日本もドイツも通信の生産性が低いのは、旧国営キャリアがまだ高いシェアをもっているからだ。通信技術そのものには大して違いはないので、この生産性の違いは大量の余剰人員を抱えていることが最大の原因と考えられる。

つまり経済成長にとって現実的に重要なのは、先端技術やブロードバンドを装備することではなく、それを効率的に使うことなのだ。アメリカの生産性を基準にすると、日本の通信会社はほとんど同じ技術でその半分の価値しか生んでいない。それは生産要素(特に労働)が効率的に配分されていないからで、逆にいうと、設備を変えなくても余剰人員をなくすだけで今の2倍の生産性を実現できるわけだ。

このような非効率性をもたらす最大の原因は、先進国では生産要素(特に労働)の流動性の不足だ。各部門の限界生産性が均等化する状態を技術フロンティアとすると、ほとんどの国ではその内側で生産しているので、生産要素を動かしてフロンティアに到達するだけで成長率は上がる。これは新規投資のほとんど必要ない「安上がり」な成長政策だが、日本や欧州のように雇用規制が強いと政治的には困難だ。

要するに、光ファイバーやらデジタル教科書やらに補助金をばらまく前に、「税金ゼロ」でできる成長政策はたくさんあるのだ。政府が成長率を上げることはできないが、成長を阻害している要因を除去することはできる。問題はそれにかかるコストではなく、「ゴーンさんは首切り上手」などといっている首相のもとでは政治的に不可能だということだ。日本の場合、成長の最大の障害は政治の貧困である、と本書も指摘している。

追記:ちょうど訳本が今月出たので、記事を修正した。この本はおすすめ。