A Theory of the Firm: Governance, Residual Claims, and Organizational Forms経済成長の要因は資本と労働なので、労働市場の他に重要なのは資本市場である。ちょうど今日は、ソフトバンクによるNTTの買収というおもしろい例題が出たので、日本の資本市場を考えてみよう。

先日の記事でも書いたように、行き詰まった日本経済を建て直す上で必要なのは、老朽化した会社を解体・再編する資本市場の活性化である。本書は、企業買収が所有権の移転によって産業を再編する企業コントロールの市場の役割を果たすことを明らかにし、アメリカの企業買収の理論的支柱となったマイケル・ジェンセンの論文を集めたものだ。「公開企業のかげり」「現代の産業革命」などの有名な論文は、SSRNで無料で読むこともできる。

ところが日本の企業買収の時価総額は世界の2.5%しかなく、主要国で最低だ。日本企業が海外企業を買収することは珍しくないが、逆はほとんどなく、「外→内」の買収総額を示す対内直接投資はGDPの3%以下と、これも主要国で最低だ。このように資本市場による企業の新陳代謝が進まないことが、経済停滞の大きな原因である。

資本市場には、労働市場のような強い規制はない。外資規制も通信業を含めてほとんどの産業ではなくなり、いわゆる三角合併を含めて直接投資の規制もほとんどなくなった。にもかかわらず、このように資本市場が機能していない原因は、「持ち合い」による非公式のカルテルによって買収を防衛するシステムがあるからだ。その上にライブドア事件をきっかけに買収防衛策が強化され、600社以上が定款で「ポイズン・ピル」などの防衛策を定めている。

しかし買収防衛策は経営陣を防衛するもので、株主の利益に反する。「株主はバカで無責任」と放言した北畑隆生元経産次官でさえ認めるように、「買収を防ぐためには企業価値を高めることが必要だ。時価総額が安いから買収をされる」のである。理論的には、経営者が企業価値を最大化していれば、買収によって利益を得ることはできない。

これに対して、村上ファンドがTOBをかけた昭栄などは、時価総額より定期預金のほうが多かったので、買収して預金を下ろすだけで必ずもうかる。このように「100円の入った財布を70円で売っている」会社がまだ多いので、日本は企業買収の潜在的な市場としては大きい。このため90年代には外資系の投資銀行やプライベート・エクイティが参入してきたが、「ハゲタカ」と敵視され、大きなディールは成立しなかった。

2000年代なかばにも、ライブドアや村上ファンドなどが企業買収を試みたが、検察が出てきてつぶしてしまった。これは80年代のアメリカでドレクセル=バーナムなどが摘発された事件と似ているが、アメリカではその後、資本市場が勢いを取り戻し、今年の買収額は史上最高になるといわれている。しかし邦銀には、M&Aのノウハウもやる気もないばかりか、持ち合いで妨害する立場に回ることが多い。

もちろん企業買収のような「外科手術」にはリスクも大きいが、今の日本経済は末期癌の患者に栄養剤を点滴して延命しているようなものだ。こういう「内科療法」を続けていても、せいぜい「余命3年」だろう、というのが竹中平蔵氏の見立てである。どうせ助かる見込みがないのなら、ジェンセンが提言したような荒療治を試してみることも一案だろう。そのトップバッターとして、孫正義氏は適任だと思う。