きのうの記事に専門家からコメントをいただいたので、非常に細かい話だが補足しておく。ここで紹介した「ニューケインジアン」は、実は現代の「ネオヴィクセリアン」とは違い、後者ではコーディネーションの失敗は考えない。基本的に景気循環は価格の硬直性(あるいは企業のマークアップ)によるものと考え、価格が完全に伸縮的な状態を自然水準(潜在GDP)と考える。

理論的なGDPギャップ(output gap)は、現実のGDPからこの自然水準を引いたものである。以前の記事で使った式を再掲すると、YをGDP、Y*を自然GDP、rを金利、ρを自然利子率、ランダムな需要ショックをεとすると、t期のGDPギャップΔYtは、理論的には

 ΔYt = Yt - Y*t = α(ρ-rt)+εt

と書ける(αは定数)。これは式を見ればわかるように、実際のGDPと自然水準の差を示しているのであって、「需要と供給の差」ではない。これを需要不足の指標と考えることから「デフレギャップ25兆円を埋めろ」といったナンセンスな議論が出てくる。彼らの論拠とする内閣府の推計
  1. 現実の成長率から資本と労働の寄与以外の部分(ソロー残差)を算出し、全要素生産性を推計。
  2. 潜在的な資本・労働の寄与に(1)で推計した全要素生産性を加え潜在GDPを計測する方法で行った。
と書かれており、理論的なGDPギャップとはまったく別の統計である。まずソロー残差=全要素生産性と等置されていることに注意が必要だ。上の式でもわかるようにGDPの自然水準からの乖離(ΔYt)には需要ショックεtが含まれるが、内閣府は需要変動を無視して前期の生産関数を外挿しているので、不況期には潜在GDPが高めに出るバイアスがある。

だから2008年のように大きく需要が落ち込んで(理論的な)自然GDPが下がった場合も、(内閣府の)潜在GDPはほとんど変化しない。内閣府の推定する潜在成長率は、ここ数年ほぼ単調に年率1%弱で、他方で実質成長率はゼロに近いので、毎年1%ずつ「GDPギャップ」が蓄積する結果、4.8%という大きなギャップが存在するかのように見えるのだ。

これに代わる理論的な自然GDPの推計は日本ではないようだが、あるマクロ経済学の専門家は「GDPギャップの推定誤差は非常に大きいので、内閣府のデータはミスリーディングだ。おそらくは、GDPギャップがゼロという結果が2シグマの間に入るぐらいだろう」と推定し、その根拠を次のようにのべている:
もし大幅なGDPギャップが生じているとすると、期待デフレを常に裏切る形でデフレーションが進行するはずであるが、どの物価指数をみても、 安定あるいはゆるやかな下落(年率1%ほど)しか示していない。デフレ率やインフレ率の絶対水準を議論するのはノンセンスで、問題は期待デフレ率 (期待インフレ率)からの乖離。たとえば、期待デフレ率が1%で実際のデフレ率も1%であれば、問題はない。
ルーカス以来おなじみのように、予想されたインフレもデフレも経済に実質的な影響は及ぼさないので、コアCPIをとるかコアコアCPIとかいう議論には意味がない。この程度の知識もなしに「国債の価格と金利は絶対に反比例する」とかアホな議論をしている人は、せめてMankiwの教科書ぐらい読んでほしい。

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