きのうのUstream中継でも話題になったことだが、「日本は高齢化社会だから活力がなくなる」という宿命論は、問題のすりかえである。もちろん高齢化は事実であり、労働人口の減少によって成長率が低下することは事実だが、近ごろ話題の『デフレの正体』のように、デフレの原因はすべて高齢化のせいだという話はナンセンスである。

上の図を見れば明らかなように、日本の高齢化率が世界最高になったのはここ数年で、最近20年をみると主要国の平均程度である。合計特殊出生率(2004)をみても、日本の1.29に対して、韓国1.16、台湾1.18、シンガポール1.24、香港0.93と、少子化はアジア諸国のほうが急速に進んでいるが、こうした国の成長率が落ちたという話は聞かない。

本質的な問題は、人口減少でも高齢化でもない。人口が減ると一人あたりの資本が増えるので、生産性(TFP)が上がればGDPも増える。問題は、高齢化を補う生産性の上昇が起きていないことなのだ。その原因は、きのうの議論でも出たように、日本社会が高度成長期の人口構成をもとにしたシステムのままになっていることである。

その典型が年功序列である。高齢者が自動的に昇進・昇給するしくみは、人口がピラミッド型になっているときは問題がなく、「会社に貯蓄」させることによって忠誠心を高める効果があった。しかしこれは人口が逆ピラミッドになると破綻し、若者に非正規雇用の負担を押しつける過酷なシステムになる。

同じ問題が、年金などの社会保障にもみられる。賦課方式の公的年金は、受給者が被保険者よりはるかに少なかった時代には、財源が余って困ったほどだが、今では500兆円以上の積立不足が生じている。これによって60歳以上とゼロ歳児で、一人あたり1億円近い生涯収入の格差が生じる。

このように雇用問題と年金問題の根は同じである。日本の高齢化が世界にも類のないほど急速に進行したため、雇用慣行や社会保険などの改革が追いつかないのだ。問題は高齢化ではなく、政治と経営者の怠慢である。

この問題を「市場原理主義がワーキングプアを生んだ」とか「高福祉・高負担か低福祉・低負担か」といった図式で考えるのは見当違いだ。日本の最大の問題は「老人の高福祉・若者の高負担」であり、この世界最大の「格差社会」は、まだ始まったばかりである。