日本経済の長期停滞の最大の原因が労働市場にあるとの認識は、最近多くの人に共有されるようになり、解雇規制を緩和すべきだという意見がようやく公に議論されるようになった。

しかし実は、法律上の解雇の制限という意味では、日本の解雇規制はそれほど厳格ではなく、OECDの基準でも平均よりややゆるやかである。民法では、契約自由の原則で一方の当事者が申し出れば雇用契約は終了するので、解雇は自由である。

労働基準法では「30日の予告」を定め、組合活動などによる不当解雇を禁止しているぐらいだが、労働契約法16条では解雇権濫用法理が明文化された。これがほぼ唯一の実定法による解雇権の制限である。

最大の問題は、判例で整理解雇が事実上、禁止されていることだ。特に整理解雇の4要件が労基法と同等の拘束力をもっているので、事業部門を閉鎖するまで解雇できない。

大企業の人事部はそれを知っているから、指名解雇はしないで「肩たたき」で希望退職させる。これは解雇ではなく自己都合退職なので解雇規制とは関係ないが、他社でつぶしのきく人から退職し、やめさせたい人は残ってしまう。

問題は解雇規制の先にある

終身雇用にせよ年功序列にせよ、法律で決まっているわけではない。むしろ暗黙の雇用慣行で決まっているがゆえに変えにくいのだ。外資系企業では人事部が退職金を割り増しして退職の同意を得る。

このように解雇が常識になっていると再就職の労働市場も発達し、「外資系の解雇規制を強化しろ」という話は聞かない。だから法律や司法判断は少なくともそれを補強しないように変更すべきだ。特に金銭解雇を認め、法的に一定の基準を設定する必要がある。

ただ金銭解雇だけで問題は解決しない。重要なのは昔ながらの「企業は一家」という労働倫理を変えることだ。解雇を困難にしているのは、経営破綻した日本航空の退職についての協議を「退職の強要」と書き、悪質な経営陣が気の毒なパイロットに退職を迫っている、というストーリーに仕立てるマスコミである。

パイロットの年収は2000万円、クビになっても毎月30万円の年金がもらえることは書かない。JALは一度つぶれた会社であり、経営再建に失敗したら清算され、すべての労働者が職を失うのだが、それも書かない。

要するに最大の問題は法律ではなく、経済への影響を考えないで「一段階論理の正義」を振り回す裁判所と、それに便乗して正義の味方を演じるマスコミ(特に朝日・毎日・NHK)なのだ。このため大企業は、マスコミの攻撃を恐れて雇用調整をぎりぎりまで先送りする。その結果、経営が破綻したのがJALである。

しかしこういう偽善も、いつまでも続けられない。解雇規制の強化を叫ぶ社民党も、職員を整理解雇した。朝日新聞社も希望退職をつのっているが、そのうち整理解雇に追い込まれるだろう。日本全体がJALのようになるまで、社会部記者の目は覚めないのだろうか。