先日の記事では、日銀が意図的にインフレ予想を起こす政策をクルーグマンは放棄したと書いたが、『週刊現代』のインタビューでは、またインフレターゲティングに言及し、こう語っている:
日本のGDPデフレーターは、ここ13年間、下がりっ放しです。それなのに今、日銀が重い腰をあげないというなら、(その責任者たる総裁は)銃殺に処すべきです。
まぁこんな悪い冗談を真に受ける必要もないのかもしれないが、当ブログはデフレ脱却法案を出す政治家にも読まれているので、彼らにもわかるようになるべくやさしく解説してみよう。

まず基本的なことだが、日銀はインフレ目標を設定している。「物価安定の理解」において「消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、委員の大勢は1%程度を中心と考えている」という政策委員の総意を明記している。

こういうゆるやかな目標は、FRBも"inflation objective"と呼んで設定しており、ECBも同様である。これが「ターゲティング」と異なるのは、目標が実現できなかった場合のペナルティがないことだ。ターゲットを設定しているイングランド銀行の場合も、総裁が首相に「説明」すればいいだけで、これは単なる努力目標に近い。

みんなの党の渡辺代表は、日銀総裁の解任権は「みんなの党の日銀法改正案には入っていない」とのべており、デフレ脱却議連の提言でも「説明責任を課す」となっているだけだ。この程度の目標なら導入しても害はないが、効果もない。日銀法を改正して「アコード」を結ぶとかいう話も、ペナルティがなければ実効性はない。

本質的な問題は、クルーグマンのいうように日銀が意図的にインフレ予想を起こせるかどうかだ。これについては、標準的な教科書にはこう書かれている:
  • 流動性の罠では金利操作がきかないので、中央銀行がインフレ期待を起こすコミットメントができない
  • 「何かの理由でインフレになっても金融緩和を維持する」というのが時間軸政策だが、いつインフレになるかわからないので効果は弱い
  • 市場は、実際にインフレになったら中央銀行はそれを抑制すると予想するので、それを織り込んでマネーストックは増えない
これが世界の共通理解で、海外には人為的インフレ論者はいない。クルーグマンも、FRBに対してはこういう発言はしない。日本むけに「総裁を銃殺しろ」などとあおるのは、学界でバカにされている彼の提案を「ノーベル賞様」とありがたがってくれる日本人へのリップサービスだろう。

法人税の引き下げなどの重要な問題そっちのけで、政治家がリフレ論議に熱中しているのは政治的資源の浪費なので、みんなの党とデフレ議連で法案を国会に出してみてはどうだろうか。どうせ通らないが、通っても大した害はない。目標を設定するだけでは何も変わらないことを彼らが納得すれば、日本ローカルのくだらない「論争」も終わるだろう。