「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))日本人の幸福度は、アンケート調査では世界の平均程度だが、「不幸度」を自殺率ではかるとすると、主要国で群を抜いてトップである。この原因はよくわからないが、1998年の金融危機のとき35%も増えたことから考えると、失業と倒産が大きいことは明らかだ。しかし失業率と自殺率に高い相関があるのは日本の特徴で、手厚い失業給付のある北欧では両者にほとんど相関がない。

これは日本では、労働が単なる所得を得る手段ではなく、会社が人格の一部になっているためだろう。つまり1990年代後半に戦後の日本を満たしていた平和な「空気」が壊れ、失業者は単に所得を失うだけではなく、自分の存在そのものが否定されたと思い込んだのではないか。

本書は、こうした問題を論じたエッセイである。大戦末期に戦艦大和の特攻出撃を命じた軍令部次長の小沢治三郎中将が、戦後になっても「全般の空気よりして、当時も今日も特攻出撃は当然と思う」とのべたことは有名だ。日本軍では、攻撃によって何を達成するかという目標よりも、組織の中での空気の共有が重要だったのだ。

こうした問題は、最近は脳科学でも解明されるようになった。「アスペルガー症候群」というのは、広い意味では自閉症に含まれる人間関係の疾患で、いわば「空気の読めない」病だ。その原因は、前頭葉や扁桃体などによる社会脳の機能が低下していることにあると考えられている。

アスペルガー症候群が空気の読めない病だとすると、ほとんどの日本人は過剰に空気を読む病にかかっているのではないか。電子書籍を始めるときも、印刷業界や電機業界などを集めて「協議会」をつくり、役所におうかがいを立てて官民の「懇談会」をつくり、日本独自のフォーマットの「標準化」をする・・・というように業界の調整ばかりして、何も商品が出てこない。そしていったん走り出したら、戦艦大和のように玉砕するまで止まらない。小沢中将のように無責任な官僚や経営者も跡を絶たない。若者まで「KY」を村八分にする。

アスペルガー症候群の例としては、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズが有名だ。アインシュタインやヴィトゲンシュタインなどの天才にも、自閉的な症状が見られたという。世の中の空気を読まないで自分の思い込みを押し通すKYからしか、イノベーションは生まれないのである。