Mankiw's blogで紹介されたロバート・ソローの議会証言が話題を呼んでいる。内容はそう目新しくもないDSGE批判なのだが、
Especially when it comes to matters as important as macroeconomics, a mainstream economist like me insists that every proposition must pass the smell test: does this really make sense? I do not think that the currently popular DSGE models pass the smell test.
とDSGEを全面否定するのがちょっと驚きだ。その根拠は「合理的予想」が現実的かどうかということよりrepresentative agentという最適化理論の道具を実証モデルに使っている点にある、という批判も私は賛成だ。しかし問題はそれよりましな近似はあるのかということで、ソローのような「主流派経済学者」にも代案はないようだ。

経済学が「社会科学の女王」などと呼ばれるのは、それが金銭という数量的な指標であらわされ、物理学に似ているからだが、実は物理学の普遍妥当性には疑問がある。その前提は自然界が一様で、宇宙の一部で観測(実験)した事実はどこでも同じだということだが、これはヒュームも批判するように根拠のない臆断にすぎない。しかし今のところ、全宇宙を見ても、周期律表からはずれる元素は見つからない。これを説明する根拠は、今のところ人間原理のようなトートロジーしかない。

だから経済のような複雑な現象が、一様な「原子的個人」で成り立っているという仮説はあやしく、それが棄却されると物理学のような法則科学を構築することはできない。むしろ経済学がめざすべきなのは、医学のような臨床科学だろう。学会誌にのる論文を書くには、メカニカルに数値化できる部分だけを扱う必要があるが、それは「経世済民」の学としての経済学とは別の応用数学である。

もちろん数値的に分析できる部分はしたほうがいいが、エレガントかどうかは臨床科学の基準にはならない。いくら高度医療をほどこしても、患者が死んだら終わりである。DSGEのように、一つの仮説ですべての経済現象を説明しようとする「オッカムの剃刀」は捨てた方がいいと思う。