かなり前に「ALWAYS 三丁目の夕日」という映画を見たことがある。1958年の日本を舞台にしたものだが、東京タワーが高度成長のアイコンとして使われているのが印象的だった。映画の中では、CGで描かれた東京タワーは建設中なのだが、それを眺めながら誰もが「明日は今日より豊かになれる」という期待に胸をふくらませていたのだ。

それに対して、いま建設中の東京スカイツリーは、別の意味で2010年の日本のアイコンである。NHKがきのう放送した「ワンダー×ワンダースペシャル・ほぼ完全公開!東京スカイツリー」は、空撮でしきりに建設作業の危険を強調するが、何のためにこれを建てるのかという問題にはほとんどふれない。「東京タワーより高くなって視聴エリアが広がる」というが、これは嘘である。

現に東京タワーで地デジは放送されており、ケーブルテレビなどを含めてカバー率はほぼ100%である。その放送塔を移動すると、新たに受信障害が発生するおそれは強いが、今より受信状態が改善されることはありえない。しいていえばワンセグが受かりやすくなることぐらいだが、ワンセグの受信者は頭打ちで、ビジネスとしてもあやしくなってきた。

かつての東京タワーは、貧しかった日本人に夢のような世界を見せた。人々は消費文明に目覚め、テレビは爆発的に売れて家電産業の成長のきっかけになった。このとき「テレビ局は全国に16局が限界」とする郵政官僚を押しきって、全国に43局を一挙に設置した田中角栄の英断は、彼が高度成長を体で理解していたことを示している。

しかしスカイツリーは、放送には意味のない単なる展望台である。日経新聞によれば、1430億円の設備投資を回収するキャッシュフローは展望台の利用料金だけで、回収期間は25年。それまで東武鉄道がもつのかどうかもあやしいものだ。50年前には人々の希望のアイコンだった放送塔が、今は空虚な電波利権のアイコンになり、マスコミもこの「公然の秘密」に沈黙していることが、衰退する日本を象徴している。