官僚は、意外に流行に弱い。電子出版が話題になると「わが省も何か口をはさまないと取り残されるのではないか」と心配になるらしく、さっそく総務省、文部科学省、経済産業省の合同で「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」なるものができた。役所が「懇談」するだけなら害はないが、先日出た報告書を読むと、またピントはずれの介入が始まるのではないかと懸念せざるをえない。

まず関係者が熱心に議論している「統一フォーマット」って、何のために必要なのか。アゴラブックスでは、ブラウザさえあれば読める「AJAXリーダー」を使っている。著者がOKする場合は、PDFファイルでもダウンロードできる。アップルのiBooksでもアマゾンのKindleでもPDFはサポートしているので、これとEPUBがあれば十分だ。EPUBの日本語版ができれば「日の丸規格」を作る必要はないし、作っても使う人はいないだろう。

しかも、その「中間フォーマット」として想定されているのは、携帯端末などで使われているXMDFである。これはシャープの「ザウルス」以来続いているレガシー規格で、ソースコードはおろか仕様も公開されておらず、このファイルを扱うには守秘契約を結ばなければならないというあきれた代物だ。HTMLやJavaScriptのようなオープン規格が世界標準になっている時代に、こんなものをベースにした日の丸標準に意味があると役所は本気で信じているのか。特に見逃せないのは、次の部分だ:
こうした中、出版者側からは、①出版者の権利内容を明確にすることにより、出版契約が促進される可能性があること、②デジタル化・ネットワーク化に伴い、今後増加することが想定される出版物の違法複製に対しても、出版者が物権的請求権である差止請求を行い得るようにすることで、より効果的な違法複製物対策が可能となることなどを理由に、出版者に著作隣接権を付与するべきであるとの主張がなされている。
いま日本で電子出版を行なっているのは、ほとんどがアゴラブックスのような独立系の出版社である。それは出版社に隣接権がなく、著者の承諾さえ得れば電子化できるからだ。ここで出版社に隣接権を与えたら、彼らはそれを盾にとって電子化を拒否するだろう。今でも「出版社に電子化の許諾権がある」とごねて何ヶ月も引き延ばす業者がいるぐらいだから、彼らに法的な許諾権を与えたら、日本の電子出版は壊滅する。

要するに、役所が電子出版に介入するのは、百害あって一利なしである。それよりも日本の書籍の電子化を阻害しているのは、Google Booksを「文化独裁だ」などと叫んで排撃した利権団体である。日本がグーグルの和解に参加していれば、フォーマットの統一も「権利の集中」も必要なかった。役所にやるべきことがあるとすれば、情報の流通を阻害している著作権法を抜本改正して、非生産的な法務コストを削減することだ。