Fault Lines: How Hidden Fractures Still Threaten the World Economy著者はIMFに出向していたときに書いた2005年の論文で2008年の金融危機を予言し、その原因まで正確に分析していた。CDSのようなtail riskをとる金融技術では、ふだんは高い収益が上がってファンドマネジャーの報酬も上がるが、万が一の場合には職を失うだけなので、彼らは合理的な水準以上のリスクを取る傾向がある――という著者の分析は、その後の金融規制改革でも重要なテーマになった。

本書はそれにも比すべき、今回の経済危機についての深い分析である。その原因を著者は「断層」(fault line)と表現し、一方で過剰消費をやめられないアメリカ、他方で過剰貯蓄を抱える日本や新興国のインバランスが直らないかぎり、断層の破断はまた起こると予想する。

アメリカの過剰消費の原因は、彼らがグローバル資本主義を活用して世界中から資金を集めたことだ。上位1%の所得は、1976年にはGDPの8.9%だったが、2007年には23.5%になった。他方、最下層の所得も増えており、メディアンに位置する製造業の労働者の賃金が下がっている。つまり金融・ITなどの高度なスキルの報酬が極端に上がる一方、新興国で代替できるブルーカラーの雇用が減ったことが所得格差を拡大したのである。

ところがアメリカの社会保障は貧弱なので、この断層を埋める福祉システムがない。それを政治的に取りつくろうために、政府は住宅金融機関に暗黙の債務保証を与え、低所得層に住宅をもたせる政策をとった。これは住宅投資や消費を拡大する一方、財政負担は増えない「安上がりの社会保障」に見えたが、結果的にはとんでもなく高価になった。

他方、後発国のうち成功したのは、日本やドイツのように政府主導の「国家資本主義」によって輸出産業で成長する路線をとった国だった。国内市場が小さいため海外に進出した自動車や電気製品は、国際競争に鍛えられて高い生産性を実現し、政府と銀行が一体になって輸出産業を育成した。ボトルネックは資本蓄積だったので、金利を規制して資本コストを下げ、貯蓄を奨励して消費を抑制した。

しかし80年代に工業化が飽和すると、国内の過少消費がGDPを抑制するようになり、日本の場合はバブルとその崩壊の原因となった。この問題を克服するには国内産業に競争を導入して消費を拡大するしかないが、サービス産業は政治家と結びついて規制で保護されているため、酒屋や散髪屋の規制を撤廃するにも長い時間がかかる。福祉・教育は非効率で高価であり、銀行は金貸しのままだ。

こうした構造的な問題を解決する簡単な処方箋はない。アメリカの社会福祉や教育を改善する必要があることは誰もが同意するが、具体的にどうするかについての政治的合意はできていない。他方、日本など輸出主導の経済で内需を拡大するには、サービス業の競争を促進する必要があるが、これも遅々として進まない。

さらに大きな脅威は、最大の貯蓄過剰国となった中国の国家資本主義だ。国内の消費不足を海外投資で埋める構造を維持することは困難だが、民主主義が機能していないため、政府は人民元のレートを抑え、国内産業を潤して政権の安定を保っている。この断層がバブル崩壊で破断すると、2008年の危機に劣らない破局が起こり、政治的な危機に発展するおそれもある。

要するに世界経済危機をもたらした断層は残ったままであり、最大のリスク要因は中国だというのが著者の見立てだ。それに対して彼の提案している処方箋は、国際機関の強化による多国間調整など、あまり即効性があるとは思えないが、それは問題があまりにも複雑で困難だからである。日本の新政権は「増税で景気がよくなる」などという安直な話をするより、まず国内産業の効率化という問題に向き合うことが必要である。

*著者が最近はじめたブログでも、本書のねらいを説明している。