10年ほど前、Napsterというソフトウェアが世界のレコード会社を震撼させた。CDをハードディスクにコピーして世界中に送れるP2Pソフトの先駆けだった。同じようなことが、いま書籍の世界で起きようとしている。


富士通のスキャンスナップは、100万台を超えるヒット商品となった。ある大学の授業で「この中でスキャンスナップで『自炊』している人は?」と質問したら、誰も手を挙げなかったが、半数ぐらいの学生がニヤニヤしていた。ウェブで検索すると、少年ジャンプなどは毎号、丸ごとzipファイルになって流通している。大学のLANでもこの種のファイルが大量に流通しているようだ。

もちろんスキャンスナップ自体は違法ではない。自分の買ったマンガを裁断してスキャンする「自炊」も合法である。会社の資料や自宅の本をスキャンして紙を捨てれば、スペースが大幅に節約できて便利だ。しかし自炊ファイルを友人に送るのは、著作権法違反である。こうしたファイルにはウイルスなどが含まれていることがあるので、ダウンロードもおすすめできない。

自炊ファイルは、iPadの「キラーコンテンツ」になるだろう。音楽産業の歴史が教えているように、このまま出版社が「電子出版鎖国」を続けていると、こうしたアンダーグラウンドの「電子出版」が広がり、取り返しのつかないことになる。それに気づいたアメリカの出版社や著者はグーグルと協定を結び、200万点以上の本が電子出版サイト、Google Editionで利用可能になるという。

この背景には、Google Booksの著作権についての和解で、権利関係が基本的にクリアされたことが大きい。著者がopt outしないかぎり、グーグルが本をスキャンし、そこから得る収入を著者に還元するしくみができたからだ。しかし文芸家協会が「文化の冒涜だ」などと騒いだおかげで、グーグルの和解の効力は日本には及ばない。日本では出版契約をほとんど結んでいないので、出版社は著者とひとりひとり交渉しないと電子出版はできない。アマゾンはそのへんを理解しないで版元と交渉しているが、難航しているようだ。

このままでは日本の電子出版は大きく立ち後れ、違法コピーが蔓延してマンガ雑誌が立ちゆかなくなるおそれがある。少年マンガ誌は軒並み部数が減り、少年サンデーはピーク時の半分の60万部台になった。電子出版について包括許諾を可能にするような制度を、文化庁が考える必要があるのではないか。