「需給ギャップ35兆円」をマクロ政策で埋めるという話は一種の都市伝説で、ここ1年余りの日本をみても、財政・金融政策の効果はほとんどない。それは輸出の急減などのリアルな需要ショックを政府が埋めることはできないからだ。こういう数量ショックは、基本的には相対価格が変化して調整するしかない。金融政策は、その調整を促進する効果はあるが、需要ショックを埋めることはできない。

こういうときよく出てくるのが、「不況で構造改革をして生産性を上げると、供給が増えてGDPギャップが拡大する」という話だが、これはGDPギャップの概念を誤解している。GDPギャップをわかりやすく「需給ギャップ」と呼ぶことが多いが、これは厳密には需要と供給のギャップではない。

内閣府の説明によれば、GDPギャップの定義は(現実のGDP-潜在GDP)/潜在GDP(これは比率なので「35兆円」という表現は誤り)。潜在GDPの推計は生産関数を想定し、現実の成長率から資本と労働の寄与を引いてTFP(全要素生産性)を推計し、それに平均的な資本・労働の稼働量を加えて計測する。具体的にはコブ・ダグラス型生産関数で書くと、

Y=AKaL1-a ・・・($)

ここでYは実質GDP、Kは資本投入、Lは労働投入、AはTFP、a は資本分配率である(表記を簡略化した)。ここで潜在GDPをY*、平均的な稼働資本をK*、平均的な労働時間をL*とすると、

Y*=AK*aL*1-a

だからGDPギャップは

(Y-Y*)/Y*=Y/Y*-1=(K/K*)a(L/L*)1-a-1

ここで構造改革によって生産性Aを引き上げても、GDPギャップは変わらない。右辺からはAが消えているからだ。構造改革は現実のGDPも潜在GDPも比例的に引き上げるので、GDPギャップには影響しないのだ。GDPギャップは「需給の差」ではなく資本や労働の平均稼働率と現実の差なので、生産性の影響を受けない。

したがって「まずGDPギャップを埋めてから構造改革をすればよい」という話もナンセンスである。生産性とGDPギャップは独立であり、不況で生産性Aを引き上げることは、($)式でもわかるように、実質GDPを引き上げるのである。