乗数効果も知らない菅財務相が、「1%のインフレ目標」に言及した。インフレ目標の支持率は、知能に反比例するようだ。

マクロ政策をこのような数値目標だけで考えるのは根本的に誤っている、というのが先日も紹介したIMF論文のメッセージである。ブランシャールたちが強調するのは、金融仲介機能が重要だという点である。これは当たり前のようだが、実は現代のマクロ経済理論には金融仲介機能は存在しない。それどころか、貨幣が存在しないのだ。

これは金融理論の最大のパズルとして昔から知られており、定性的には答はわかっている。Kiyotaki-Wrightの示すように、だれも貨幣を使わない経済(物々交換)と全員が使う経済(貨幣経済)の複数均衡があり、自分の求める財を持っている相手をさがすサーチ・コストが低い場合には物々交換が支配的となるが、財の種類や好みが多様化してサーチ・コストが一定の水準を超すと全員が貨幣経済に移行する。

このような仲介機能は貨幣や銀行だけではなく、近代社会を支えている分業の基本的なメカニズムである。分業は「他人が約束を守る」と互いに信用することで成り立っているので、誰もがその前提を疑い始めると、disorganizationが起こってシステムが崩壊してしまう。それを防ぐ信頼こそ経済のコアだ、というのがアカロフ=シラーの指摘である。

この意味で今回の金融危機の最大の教訓は、白川総裁のいうように「インフレーションターゲティングを採用しているかどうかは現在、金融政策の枠組みを議論する上で、意味のある論点、切り口ではなくなってきている」ということだろう。金融危機における最大の問題は物価でも金利でもなく、金融仲介機能の健全性なのである。

仲介機能はミクロの問題であるとともにマクロ経済にも大きな影響を及ぼし、長期的な自然水準を制約するとともに短期的な金融収縮の原因ともなる。つまり短期と長期の二分法というDSGEのセントラルドグマが反証されたのだ。もちろん考え方として自然率を理解することは重要だが、エルゴード性を満たさない複雑系では自然率は存在しない。こういうシステムは一般に解析的には解けず、数値シミュレーションのような方法しかない。

経済学が「お金」を扱う学問だというのは誤解で、それは人間の行動を扱う学問であり、定量的に分析できるのはごく一部である。ところが数学的な論文のほうが学問的な業績になりやすいので、数値化しやすい問題に研究が片寄り、中央銀行にもそういう「数値目標バイアス」がある。タレブも批判するように、金利や物価だけを見て住宅バブルを無視したグリーンスパンの金融政策は、こうした失敗の典型だ。

このようなバイアスを反省して、バランスのとれた政策をとるためにはもっと幅広い政策目標が必要だ、というのがIMFと日銀の総括だ。いまだにインフレ目標が『日本経済復活の一番かんたんな方法』だなどと騒いでいる自称経済学者は、今回の危機から何も学んでいないのである。