学年末は、憂鬱な季節である。日本語にさえなっていない答案を100枚以上、採点する仕事は精神的な拷問だ。それがやっと終わったと思ったら、本書が贈られてきた。これは日本語になっているだけましだが、内容は残念ながら「不可」である(リンクは張ってない)。間違いをチェックしたら、ほとんど毎ページにあるので、それを添削することはあきらめ、根本的な間違いだけ指摘しておこう(以前の記事の繰り返しなので、興味のない人は無視してください)。
本書の前半はデフレと無関係な自己啓発の話だが、後半は以前の記事でも紹介した国家戦略室へのプレゼンテーションの解説だ。彼女が延々と力説する「マイルドなインフレが望ましい」という規範的な目標は、日銀も含めて誰も否定していない。問題は、ゼロ金利のもとでインフレを人為的に起こせるかという実証的な問題である。彼女はこう書く:
だから勝間氏の推奨する30兆円の国債引き受けの金融政策としての効果は、量的緩和と実質的に同じだ。「インパクトがこれまでと違う」というが、彼女のバカにしている日銀の量的緩和で35兆円の資金供給が行なわれたことを知らないのだろうか。問題は日銀がいくらマネタリーベースを増やしたかではなく、民間に流通するマネーストックがいくら増えるかである。
ところが勝間氏の本には、マネタリーベースもマネーストックも出てこない。「お金を流してみる」といった素朴な表現が繰り返されるが、彼女は日銀が30兆円通貨を発行したら、市中に30兆円の「お金」が流れると思っているのだろうか。
基本的なことだが、マネーストック=マネタリーベース×貨幣乗数である。日銀の発行した通貨が民間で3回使われると、マネーストックはマネタリーベースの3倍になるわけだ。他方、資金需要がなくて民間で金が使われないと、マネタリーベースを増やしてもマネーストックは増えない。事実、前の記事でも紹介したように、日銀が激しく量的緩和(マネタリーベースの増加)を行なった2001~6年にも、マネーストックはほとんど増えなかった。
ゼロ金利のもとでは民間企業の資金需要が飽和しているので、それ以上マネタリーベースを増やしても、銀行の日銀口座で「ブタ積み」になり、マネーストックは増えないのだ。勝間氏が手本として推奨しているようにイングランド銀行も量的緩和を行なったが、マネーストックは逆に減少し、最近中止された。FRBもバランスシートを2倍にしたが、デフレ傾向は止まらなかった。資金需要がないため、貨幣乗数が急落して1を下回ったからだ。
同様の事態は、欧米諸国で一様に観測されており、量的緩和を再開した日本でも銀行貸し出しは減った。ここ1年半に世界で大量に供給された資金は、金融システムの安定化には意味があったが、狭義の金融政策としての効果は疑わしい、というのがIMFの総括である。
素人の勝間氏が金融を知らないのは無理もないが、この原稿は飯田泰之氏などの経済学者も見たのではないか。まさか飯田氏がマネーストックとマネタリーベースの区別も知らないとは思えないが、こんな学部学生でも落第するような答案を出版してしまう版元(文藝春秋)にもモラルが欠けている。
本書の前半はデフレと無関係な自己啓発の話だが、後半は以前の記事でも紹介した国家戦略室へのプレゼンテーションの解説だ。彼女が延々と力説する「マイルドなインフレが望ましい」という規範的な目標は、日銀も含めて誰も否定していない。問題は、ゼロ金利のもとでインフレを人為的に起こせるかという実証的な問題である。彼女はこう書く:
私は政府が新たに30兆円分の国債を発行し、それを日銀が引き受ける方法がいいと思います。高橋是清と同じ方法です。国債の日銀引き受けは今は法律で禁じられていますが、財政法5条の規定により国会の決議があれば可能です。もちろん法的には可能だが、国債の日銀引き受けに特別な効果があるわけではない。日銀が国債を買う場合も、財務省の銀行口座に資金を振り込むので、これは実は日銀が銀行から短期国債を買って銀行の準備預金を増やす普通の買いオペとほとんど変わらない(違いは銀行による国債入札がないことだけ)。国債の分だけ財政支出を増やすなら、それは金融政策ではなく財政政策である。
だから勝間氏の推奨する30兆円の国債引き受けの金融政策としての効果は、量的緩和と実質的に同じだ。「インパクトがこれまでと違う」というが、彼女のバカにしている日銀の量的緩和で35兆円の資金供給が行なわれたことを知らないのだろうか。問題は日銀がいくらマネタリーベースを増やしたかではなく、民間に流通するマネーストックがいくら増えるかである。
ところが勝間氏の本には、マネタリーベースもマネーストックも出てこない。「お金を流してみる」といった素朴な表現が繰り返されるが、彼女は日銀が30兆円通貨を発行したら、市中に30兆円の「お金」が流れると思っているのだろうか。
基本的なことだが、マネーストック=マネタリーベース×貨幣乗数である。日銀の発行した通貨が民間で3回使われると、マネーストックはマネタリーベースの3倍になるわけだ。他方、資金需要がなくて民間で金が使われないと、マネタリーベースを増やしてもマネーストックは増えない。事実、前の記事でも紹介したように、日銀が激しく量的緩和(マネタリーベースの増加)を行なった2001~6年にも、マネーストックはほとんど増えなかった。
ゼロ金利のもとでは民間企業の資金需要が飽和しているので、それ以上マネタリーベースを増やしても、銀行の日銀口座で「ブタ積み」になり、マネーストックは増えないのだ。勝間氏が手本として推奨しているようにイングランド銀行も量的緩和を行なったが、マネーストックは逆に減少し、最近中止された。FRBもバランスシートを2倍にしたが、デフレ傾向は止まらなかった。資金需要がないため、貨幣乗数が急落して1を下回ったからだ。
同様の事態は、欧米諸国で一様に観測されており、量的緩和を再開した日本でも銀行貸し出しは減った。ここ1年半に世界で大量に供給された資金は、金融システムの安定化には意味があったが、狭義の金融政策としての効果は疑わしい、というのがIMFの総括である。
素人の勝間氏が金融を知らないのは無理もないが、この原稿は飯田泰之氏などの経済学者も見たのではないか。まさか飯田氏がマネーストックとマネタリーベースの区別も知らないとは思えないが、こんな学部学生でも落第するような答案を出版してしまう版元(文藝春秋)にもモラルが欠けている。