アメリカ人の66%が天地創造を信じていると聞いて日本人は笑うだろうが、日本にも似たような人々は多い。たとえばけさの日経新聞に「量的緩和でもマネー回らず」という記事が出ている。本紙では「実体経済への効果はみえず、大量のマネーは短期金融市場にとどまったままだ。昨年12月の全国銀行の貸出残高(月中平均)は4年ぶりに減少に転じた」と書いている。しかし、これを読んでもリフレ派はこう答えるだろう:
さて、この処方箋は簡単だ。インフレ期待を起こせばいい。これほど簡単なことはない。日本銀行がお金をいっぱい刷り、これからも当分そうしますよ、といえばいい。いままでの日銀による金融緩和は、お金はとりあえず刷るけれどすぐやめますからね、と言い続けていたのでインフレ期待はまったく上がらなかったのだ。
「お金を刷る」のは日銀ではなく国立印刷局なのだが、まぁそれはいいとしよう。山形浩生氏は、量的緩和がきかないのは日銀の気合いが足りないからで、白川総裁が「絶対インフレにするぞ!」と宣言して緩和すればきくと主張するわけだ。

これを厳密に考えてみよう。Galiの標準的な定式化では、t期の物価上昇率πtは次のようになる:

 πt=απet+1+βyt

ここでα、βは定数、πet+1はt+1期の物価上昇率についての予想、ytはt期のGDPギャップである。この式をニューケインジアン・フィリップス曲線と呼ぶ。これは景気(GDPギャップ)とインフレの関係を動学的に示したものだが、初等マクロのフィリップス曲線とは別の理論である。

ここで重要な条件は、πeが将来の経済についてのforward-lookingな予想で、長期的な均衡状態では現実と一致することだ。合理的な代表的個人が永遠の将来にわたるインフレを予想すれば、一時的にytがマイナスになっても右辺はプラスになる。

だからすべての個人が永遠の将来についての合理的予想をもち、日銀が永遠に金融緩和にコミットすれば、人為的にインフレを起こすことができる。これが日銀の実験した「時間軸政策」だが、インフレは起こらなかった。

これについては植田和男氏が実証研究で示しているが、実際の経済主体はbackward-lookingに予想を形成しており、日銀の金融政策についてもほとんどの人は知らない。つまりforward-lookingな予想を形成する基礎データさえ持っていないのだ・・・と説明しても、リフレ教の信者は「日銀理論だ」と否定するだろう。「神の存在を否定する人々のやった実験など信用できない」という原理主義者と同じだ。

このような問題は、科学哲学でデュエム=クワイン・テーゼとして知られている。すべての仮説は補助仮説を付け加えれば反証できない。たとえば天動説も、惑星の数だけ「補助仮説」をつければ成り立つ。リフレ説も「日銀に根性がない場合にはインフレは起こらない」という補助仮説を付け加えれば、反証できない。天地創造やリフレのような「バカの壁」は論理によって崩せないので、相手にしないのが最善の策である。