デフレとインフレの経済学―グローバル化時代の物価変動と日本経済先日紹介した生産性格差デフレは、国際マクロではBalassa-Samuelson効果として知られている。本書の中心部分はこの効果を実証的に検証したもので、ディスカッションペーパーとして公開されている。B-S仮説は、次のような方程式であらわされる:

P=(αntt-θn

ここでtは貿易財を示す添字、nは非貿易財を示す添字、 Pは非貿易財の貿易財に対する相対価格の変化率、αは労働分配率、θは生産性上昇率である。一般に貿易財部門の労働分配率(αt)は、非貿易財部門の労働分配率(αn)より小さいため、グローバル化によって貿易財の価格が一物一価に収斂すると、貿易財の生産性上昇率が非貿易財より高い国では非貿易財の相対価格が上昇するというのが、この仮説の含意である。これを各国の統計で検証した結果、次の図1のように日本(JPN)は生産性格差も相対価格変化率も高く、トレンドにほぼ沿っている。

balassa

さらに所得が高い国では貿易財の生産性上昇率は高いと考えられるので、非貿易財の物価も上がり、全体として物価が高くなると推定される。これを検証した結果が、図7である。これを見ると、一人あたりGDPと物価水準に強い相関(決定係数0.7前後)がみられるが、日本の物価はトレンドより飛び抜けて高い。これは生産性の低い非製造業の価格調整が遅れていることが原因と考えられる。よく「新興国との価格競争がデフレの原因なら、日本以外の国もデフレになるはずだ」という話があるが、日本だけデフレになる原因は構造調整の遅れにあるのだ。

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物価が高い原因は非貿易財の相対価格が高いことだから、これは貿易財の価格が世界的に上がっているときは世界的なインフレをまねくが、90年代以降のdisinflationによって貿易財の価格が新興国との競争で下がってゆく場合は、世界的なデフレが生じ、その結果、労働市場での賃金の均等化を通じて国内物価にも下降圧力がかかることになる。

浜矩子氏のいう「ユニクロ型デフレ」は、このようなグローバルな相対価格の変化が原因だから、問題はユニクロが安いことではなく、それ以外の店が高すぎることなのだ。非貿易財が世界のトレンドより割高であるかぎり、その鞘をとって価格競争を挑む企業は出てくる。その結果、サービス業の価格は下がり、消費者の実質所得は増える。

いま日本経済の直面している最大の構造変化は、このような新興国の世界市場への登場による「価格革命」である。この傾向は、先日も紹介した実質金利の均等化とも関連しており、グローバルな一物一価に収斂する傾向が実物面でも金融面でも強まっている。その結果、価格も賃金も国際水準に鞘寄せされて下降するが、これは重力の法則と同じで避けられない(避ける方法は保護主義しかない)。

この巨大なデフレ圧力の中では、「デフレを止めよ」というのは「重力による落下を止めよ」というに等しく、金融政策は役に立たない。このトレンドを緩和する対策は、生産性格差を縮めることしかない。非貿易財やサービス業の生産性が上がれば需要は増え、多くの労働人口を吸収できよう。鳩山内閣も「いのち」がどうとかという内容空疎な作文ではなく、このむずかしい問題に取り組んでほしいものだ。