ナビゲート!日本経済 (ちくま新書)渡辺喜美氏にも1冊ぐらい経済学の本を読んでほしいが、Mankiwの教科書はちょっと無理だと思うので、最新のマクロ経済データをわかりやすく解説した本書を紹介しておこう。

本書の最大のポイントは、経済を見るとき長期的なトレンドと短期的なサイクルを区別することだ。目先の景気対策を求められる政治家や相場を見ているエコノミストはサイクルに目が行きがちだが、本書は両方のバランスをとってデータを分析しているところに特色がある(要約がNIRAのレポートにある)。

下の図の成長期のトレンド[A]は、1990年のバブル崩壊を境にして大きく屈折し、それが2002年ごろまで続いたあと、小泉政権のもとで回復[B]するが、今回の経済危機[C]で一挙に80年代の水準まで落ち込んでいる。著者のまとめによれば、
  • 90年代以前の安定成長期にはいわゆるGrowth Recessionと呼ばれ、成長が足踏みする時期が不況だが、
  • 90年代はちょうど成長の頭を押さえられ、成長率が低下した形となっている。言い換えると、景気上昇の初速はそれほど変わらないが、後退期には失速しマイナス成長の程度が大きく速い。
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この「経済の底が抜けた」状態を是正しないで、一時的な景気刺激を繰り返しても、「洗面器から這いずり出ようとするカニのように、元に滑り落ちてしまう」。著者は短期的な(財政・金融の)ケインズ政策の効果は否定しないが、その有効性はトレンドの強さに依存しているという。

この点で、小泉改革で不良債権の「手術」を行なって90年代の停滞の原因だった金融システムの機能不全を是正したことは大きな効果があったが、その後の「リハビリ」に失敗して、成長の回復が家計所得増に結びつかなかったため、持続的な回復軌道に乗りそこね、そこにアメリカ発の金融危機が直撃した、というのが著者の見立てである。

もう一つ、見逃されがちなのがグローバルな資本市場の影響だ。図のように世界の実質金利は、均等化する傾向を強めている。資本移動が大きくなって金利裁定がはたらくようになり、為替トレーダーはみんな実質金利を見て取引をしている。少しでも実質金利の高い国の通貨は買われて為替レートが上がり、経常収支が悪化してデフレ傾向になる。


日米の名目金利の差は(資本収益率を反映して)つねに3%ぐらいあるので、実質金利が均等化するためにはインフレ率の差も3%ぐらいになる必要があり、実際にそういう傾向がみられる。本書の図(4-8)が示すように、日米のインフレ率は、フィッシャー方程式

名目金利=実質金利+予想インフレ率

にほぼ一致して動いている。だから日本のデフレの大きな原因は、名目金利が世界の実質金利より低いことにある(上の式で実質金利>名目金利だとインフレ率は負になる)。資本収益率が低いために企業が貯蓄主体になり、金利が低いことが円高とデフレの根本原因なのだ。こうしたデータをもとに、著者は「企業が資金余剰主体になったことから、旧来の金融政策の有効性が低下し、新しい[非伝統的な]金融政策もマクロ経済政策としては有効ではない」と結論する。

インフレ率が国際資本市場の均衡条件から決まってくるとすると、毎日10兆ドル以上の資金が動くグローバル市場の中では、日銀の10兆円の量的緩和など大海の一滴である。グローバル化によって、「一国ケインズ政策」の有効性は低下しているのだ。実体経済を改善しないで、デフレだけを是正することはできない。渡辺氏のいうような「アコード」にもとづいて政府が日銀にバラマキ金融政策を強要しても、その資金はキャリー取引の原資になるだけである。

追記:符号を間違えていた。失礼。