1990年のバブル崩壊から始まった「失われた20年」が今日で終わるが、日本の衰退はまだ終わりそうにない。Economist誌が、その教訓を論じている。

今回の金融危機に際して、欧米諸国が日本の失敗からまず学んだのは、バブルが崩壊したら即座に思い切って流動性を供給するということだった。90年代の初め、資産価格が急落し始めてからも、バブル再発を懸念して日銀は思い切った金融緩和に踏み切らなかった。これに対して今回、欧米が一致して大幅な金融緩和や資本注入に踏み切った背景には、日本という偉大な教師の存在があった。この意味では、われわれのつらい経験も、世界経済に一定の貢献はしたようだ。

しかし金融危機の次には、財政危機がやってくる。早くもギリシャでは、国債の格付けが引き下げられ、債務不履行の危機が取り沙汰されている。もしもギリシャの財政が破綻すると、他の巨大な政府債務を抱える国の国債が売られ、ギリシャが「財政危機のリーマンブラザーズ」になる懸念もある。巨額の金融資産をもつ日本には対外債務の心配はないが、政府債務がGDP比110%しかないギリシャで起こったことが、200%に迫る日本で起こらない保証はない。

他方、教師より生徒のほうがすぐれている点もある。日本の危機の本質は不良債権ではなく、労働市場や資本市場が硬直的で、グローバル化やデジタル化などの新しい潮流に対応する産業構造の転換ができないことにある。この点で、政治と利益団体が一体化して規制改革に対する政治的抵抗がきわめて強い日本よりも、欧米諸国のほうが構造改革に取り組みやすい。

これが世界の常識的な考え方である(経済学者の大部分も同意するだろう)。日本の直面する最大の問題は所得格差でもデフレでもなく、生産要素を再配分する市場メカニズムが機能しないために生じた効率(生産性)の低下なのだ。潜在成長率は、最近の推計では0.5%に低下している。こんな状況で「名目3%成長」という非現実的な数値目標を掲げ、この20年の教訓に学ばないで「市場原理主義」を否定し、「人間のための経済」とかいう無内容な政策を掲げる鳩山首相が退場しないかぎり、日本の失われた歳月は終わらないだろう。