ヒトラーの経済政策-世界恐慌からの奇跡的な復興 (祥伝社新書151)鳩山首相の政治生命も、秒読みになってきたようだ。1年もしないうちに首相がコロコロ変わる「ワイマール症候群」が続くと、国民の中にヒトラーのような「強い指導者」を望む群衆心理が出てくるのは、古今東西を問わない。日本ではそういう心配はないと思っていたが、「100兆円の国債の日銀引き受け」を主張する亀井静香氏が鳩山氏の次の首相候補に擬せられるのを見ると、万が一のリスクも考えたほうがいいのかもしれない。

ナチは一般に思われているように大資本の利益を代弁したわけではなく、その正式名称「国家社会主義ドイツ労働者党」が示すように、労働者の党だった。ヒトラーはユダヤ人に代表される大資本を攻撃して弱者のルサンチマンに訴え、短期間に権力を掌握したのだ。彼はメーデーを国民の祝日として労働組合を統合・強化し、「生活に困っている者をまず助ける」という経済政策の原則を掲げた。これは「生活が第一」という民主党と似ているが、類似はそれだけではない。ヒトラーが実施した政策は、次のような徹底したポピュリズムだった:
  • 公共事業で失業問題を解消
  • 中小企業のモラトリアム
  • ユダヤ人(大資本)に増税して労働者には減税
  • 生活保護の拡大と(派遣村のような)救貧活動
  • 老人福祉の大幅な強化
  • 有給休暇や健康診断などの労働者福祉政策
  • 自動車税の減税
  • 高等教育の無償化
  • 母子手当による少子化対策
  • 大規模店舗の規制
  • 高利貸しの追放
  • 価格統制
ヒトラーはアウトバーンを初めとする大規模な公共事業によって600万人の失業問題を解決し、これは世界で初めての財政出動による雇用創出政策といわれる。経済政策を立案したシャハト経済相は銀行家で、これはニューディールより早いケインズ政策といわれた。これによってドイツの工業生産は、ヒトラーが政権を掌握した1933年から5年間で倍増した。そして何よりも大きな失業対策は、軍需産業への莫大な投資と兵士の動員だった。

こうしたバラマキ財政の財源は国債で調達されたが、シャハトが帝国銀行(中央銀行)の総裁を兼務していたときは、国債の発行にも歯止めがかけられていた。しかし戦費の調達に迫られたヒトラーはシャハトを解任し、帝国銀行を国有化して大量の国債を引き受けさせ、財政が破綻して戦争にも敗れた。ハイパーインフレが起こらなかったのは価格統制をしていたためだが、敗戦によってヒトラー政権の発行したライヒスマルクは紙切れになった。

ナチの赤字財政がうまく行った(ように見えた)のは、ヒトラーの絶対的な権力があったからだ。国債とは課税の延期に過ぎないので、徴税能力がその担保なのである。ヒトラーなら消費税を80%にすることもできるだろうが、普通の政権には不可能だ。そういう政策をとれるのは、亀井氏ぐらいのものだろう。日本郵政の社長人事のような暴挙を簡単に許す民主党政権では、あっというまに全権委任法が成立する可能性もゼロではない。いやな世の中になってきたものだ。

追記:リフレ派が亀井氏を賞賛しているのも不気味だ。複雑な経済問題を「簡単に解決できる」というカルト的な教義は恐い。