亀井金融担当相が、「来年度予算は92兆円では足りない。95兆円に増やせ」と吠えている。彼は記者会見で「財政赤字はフィクションだ」とのべ、「日本のように外国からの借入金がほとんどない国は世界にない」とその優位性を強調したそうだ。

これは財政学の初歩的な練習問題だが、宮崎哲弥氏のような半可通にありがちな間違いで、対外債務と政府債務を混同している。たしかに日本国債の債権者の93%は日本人なので、外国に対して債務不履行を起こす心配はない。個人金融資産は1400兆円あるから、900兆円の政府債務が国内でファイナンスできることも事実だ。

しかし国債を償還するには増税が必要だ。IMFの試算によれば、プライマリーバランスの赤字を半減させるだけでGDPの14%以上の増税が必要になる。これを消費税だけでまかなうと、40%以上の税率になる。それは論理的には可能だが、消費税率を5%から引き上げるだけで大騒ぎする国で、そんな税制改正が国会で通る可能性はゼロだ。つまり日本の政府債務は、すでに政治的には返済できない状態なのである。それを歳出削減で解決することも不可能であることは、今回の予算編成で明らかになった。

バラマキ財政派の人がよくいうのは、「財政危機なら、誰も国債を買わなくなって金利が上がっているはずだが、日本の金利は低いじゃないか」という話だ。これも一見もっともにみえるが、国債のほとんどを買っているのは個人ではなく邦銀だ。彼らの調達金利はゼロに近いので、長期金利が1.2%でも1%以上の鞘がとれる。「まずデフレを止めよ」とか騒いで過剰な金融緩和を求める人々が、国債バブルを膨張させているのだ。

しかし今のような金余りがいつまでも続く保証はない。高齢化によって家計貯蓄率は急速に低下して2.7%になり、低金利で資本流出も急増している。資金需給が逼迫すると金利が上がり、邦銀はキャピタルロスを抱えるので、彼らが国債を売却するとさらに金利が暴騰(国債価格は暴落)する・・・という悪循環が起こる。井堀利宏氏もいうように「市場が将来のデフォルトを予想して金利が上昇し始めたら、そのときにはもう手遅れ」なのだ。

今週のニューズウィークにも書いたことだが、このように長期的な財政危機を考えないでバラマキ福祉を続ける「短期決戦」志向は、日本軍以来の伝統だ。兵站などの計画的な準備をしないで場当たり的に戦力を逐次投入する作戦は、補給の途絶によって餓死が戦死を上回る悲惨な結果をもたらした。バラマキを戦闘、財政を補給と考えれば、同じ構造であることがわかるだろう。

外国の侵略や植民地支配を受けたことがなく、内戦も少なかった日本では、長期的な戦略を立てて戦争に備える必要がないので、強い指導者はきらわれ、ボトムアップの決定を尊重する調整型リーダーが好まれる。中には石原莞爾のような戦略家もいたが本流にはなれず、中枢を握ったのは東條英機のようなその場の「空気」を読んで大勢に迎合する人物だった。意思決定を各閣僚にゆだね、自分では何も決めない鳩山首相は典型的な東條型リーダーだ。

財政赤字は、先送りしていると確実に大きくなる。かつての不良債権問題が、1998年に信用不安という形で爆発したように、国債バブルも遠からず崩壊するだろう。大増税も歳出削減も不可能な以上、残された道はインフレ(による実質的な債務不履行)しかない。Reinhart-Rogoffも示すように、経済の破綻した国で財政が破綻するのはありふれた現象で、そのときハイパーインフレが起こることも珍しくない。

考えてみれば、ハイパーインフレで戦争のように人命が失われるわけでもない。老人の資産が消滅して世代間の不公平がなくなり、実質賃金の切り下げによって新興国との賃金格差もなくなる。チェ・ゲバラを尊敬して「革命的政策」を求める亀井氏が、そういう日本経済の「自爆」を求めているとすれば、意外に正しいかもしれないし、それしか道は残されていないような気もする。