日銀の白川総裁が、テレ東のWBSに出演した。おもしろかったのは、冒頭の「あなたはインフレとデフレのどっちがいいですか?」という街頭アンケートで、答が半々だったことだ。老人は「年金は増えないので値段が下がったほうがうれしい」と言っていたが、インフレがいいという若者は「賃金が上がるから」と答えていた。どっちが正しいだろうか?

正しいのは老人のほうである。これは実質残高効果(ピグー効果)といって、デフレによって資産が実質的に増えるので需要も増え、経済を安定化させる効果がある。ユニクロのような価格競争は望ましいのである。他方、若者は名目賃金と実質賃金を取り違えており、これは貨幣錯覚と呼ぶ。

Mankiwの新しい教科書は、今回の世界不況についてもくわしく書いているが、deflationには3ページしかふれていない。デフレには安定化効果(実質残高効果)と不安定化効果(債務デフレ)があり、注意が必要なのは1930年代のような債務デフレを避けることだ。これはFRBも理解しており、流動性を十分供給しているので、大恐慌の再来はない――これがデフレについての記述のすべてである。

デフレ自体は善でも悪でもなく、それが実質債務を増やして企業収益を悪化させる債務デフレ(デフレ・スパイラル)に陥るのを防げばいいのだ。現在のCPIは-2%程度(エネルギー価格を除けば-1%未満)で、心配することはない。日銀も基本的にはそういう立場だが、このごろ政府や外野がまたうるさいので、あらためて問題を説明しようということだろう。

2000年代初頭に量的緩和が効果を発揮したのは、銀行のバランスシートが傷んで債務デフレが起こっていたためだ。金融システムの崩壊を防ぐことはきわめて重要だが、今の日本はそういう状況にはない。マイルドなインフレが望ましいのは、貨幣錯覚によって実質賃金や実質債務を切り下げて企業収益を上げる効果があるからだが、それは調整コストを節約するだけで大した問題ではない。

現在のようなゼロ金利状態では、日銀にできることは限られており、需要が冷え込んでいるとき通貨をいくら供給しても、インフレが起こるはずがない。根本的な対策は、日本経済が長期的に成長するという期待を高めるしかない。その対策として白川氏があげたのは、次の3点だった:
  • 経済活動を自由に行えるようにする規制改革
  • 人材や資金が動きやすくする労働・資本市場の改革
  • 構造調整を支援するセーフティネットの整備
こうした改革は、すべて実体経済の効率を上げる政策で、日銀の役割はその調整コストを減らす側面支援である。グローバル時代には、過剰な金融緩和はキャリー取引を誘発し、アメリカの住宅バブルの一因になった。いま新興国でそういう状況が起き始め、「金融緩和はやめてくれ」といわれている――と白川氏は語っていた。Mankiwの教科書を読めば、こういう考え方は「日銀理論」ではなく、世界の標準的なマクロ経済についての理解だということがわかるだろう。