菅直人副総理が、ブログでこう書いている:
私は今の日本は供給が不足していた高度成長時代と違い需要が不足している。新しい需要を生み出すことが成長の柱になると反論。[・・・]供給側の効率を高めればよいとするサプライサイド経済政策は需要に対して供給が不足気味で完全雇用状況にある時には適しているが、供給が過剰失業が多いデフレ状況では適していない。(原文ママ)
これは成長戦略としては間違いである。前にも書いたように需要か供給かという問題の立て方がおかしいのだが、しいて立てるとすれば、需要不足は短期には問題だが、成長戦略は定義によって長期の問題である。よく知られているソローの新古典派成長理論のもっとも単純な形では、次のような生産関数で所得Yをあらわす:

Y=F(K,L)

ここでKは資本、Lは労働、Fは生産関数である。成長理論にはいろいろなモデルがあるが、需要はどこにも入らない。長期の定常状態においては完全雇用と設備の完全利用を想定するので、需要不足は問題にならないからだ。「供給が過剰で失業が多いデフレ状況」を考えるのは短期の景気対策の問題である。生産関数をコッブ=ダグラス型で書くと、

Y=KαL1-α

ここでαは0と1の間の定数である。k≡K/L、y≡Y/Lと書くと、生産関数は

y=f(k)=kα

となり、図の赤線ような労働人口に対する資本の収穫逓減の曲線になる。


他方、貯蓄率をs、資本の減損率をd、人口成長率をnとすると、資本の増分Δkは

Δk=sy-(n+d)k

となる。ここでsyは労働者ひとり当たりの投資、(n+d)kは資本の減少(正確にいうと人口成長に対応する必要資本量)で、Δk=0となるのは

sy=(n+d)k

となるA点である。この定常状態に対応する資本と所得が、図でk0とy0として描かれている。これ以下の資本労働比率k1から出発すると、資本が蓄積されてk0まで上昇し、それ以上は成長できないので、k0が定常状態である。ここで労働者ひとり当たりの消費cは

c=y0-sy0

で決まる(図のA点と赤線の間の部分)。したがってバラマキ福祉で所得を一時的にy0より増やしても、供給制約によって所得はy0に戻ってしまう。つまり成長率は資本・労働市場の均衡条件k0で決まり、需要はそれ以上増やすことができないのだ。成長理論にはもっと複雑なモデルがたくさんあるが、この点は変わらない。

経済成長理論入門―新古典派から内生的成長理論へしたがって菅氏のいうように、供給制約を変えないで「新しい需要を生み出すことが成長の柱になる」ということはありえない。成長率を高めるには、資本市場と労働市場の効率を高め、イノベーションを高める規制改革が重要である。彼の頭の中では短期と長期の問題がごちゃごちゃになっているようだが、これを区別することはきわめて重要である。ジョーンズの教科書は、このへんのことをわかりやすく書いてある。理科系の菅氏には数式は苦にならないと思うので、正月休みにでも読んではいかがだろうか。

追記:ここではイノベーションを考えていないが、これについてはAghion-Howitt参照。