グーグルの村上憲郎さんから贈っていただいた新著『村上式シンプル仕事術』に、「経済学は地動説です」といういい言葉があった。たしかに「日銀が経済の中心で、彼らが通貨を大量に供給すればインフレが起こる」という話は小学生でもわかるが、「いや中心は実体経済で、日銀はそのまわりを回ってるだけなんです」などというと、「日銀理論」だと非難される。でも現代のマクロ経済学では、後者のように考えるのだ。
それを全部説明するのは大変なので、勝間氏のお好きな「フィリップス曲線」を例に取ろう。頼まれもしないのに彼女の応援団を買って出て、私を「デタラメ」だの「間違いだらけ」だのと罵倒した矢野浩一氏は、その表現を撤回した(私にはまだ謝罪していないが)。それは当然で、彼の書いていることは、私のブログ記事とほとんど変わらないからだ。その彼もこう書いている。
πt=Et-1πt+aΔYt
ここでπtはt期の物価上昇率、Et-1は前期のインフレ予想、ΔYtは外生的に決まるt期のGDPギャップ(aは定数)である。これはt期のインフレ率が前期のインフレ予想と今期のGDPギャップによって決まるという関係を示す式で、この逆の因果関係はない。つまり現在の物価が上がったら前期の予想が変わるとか、GDPギャップが変化するということは起こりえない(GDPギャップは別の式で決まる)。
したがって矢野氏も認めるように、インフレと失業のトレードオフも長期的には存在しないので、「インフレ率と失業率のバランスは、高度の政治的判断であって、政治家にしか判断できない」という勝間氏の主張も意味をなさない。インフレ予想Et-1を中央銀行が自由自在にコントロールすることがもしも可能なら、デフレを止めることができるが、それは前にも書いたようにゼロ金利では不可能だ。
これがマクロ経済学の「地動説」によるデフレの説明である。この説明の最大の難点は、直観的にわかりにくいということだ。これでもわかりやすくしたほうで、本当のDSGEの教科書にはいっぱい数式が出てくるので、学部では教えられない。そのために公務員試験や会計士試験程度の経済学しか知らない人は、昔ながらの「天動説」にもとづいてフィリップス曲線やリフレなどの古い話を振り回す。
しかし矢野氏も認めているように、もしもGDPギャップを金融政策で100%埋めることができるとしても、潜在成長率はまったく上がらない。最新の推定では、日本の潜在成長率は約0.9%だ。これでは勝間氏の期待するように「日本経済が元気になる」とはとてもいえないだろう。要するにデフレは不況の結果であって原因ではないのだ。お札を印刷すれば景気がよくなるなんて都合のいい話はなく、潜在成長率を上げるためには実体経済の効率を上げる規制改革など別の政策が必要である。
コペルニクスが地動説を唱えたのは1542年だが、ローマ・カトリック教会がそれを公式に認めたのは、なんと1992年だ。直観に反する真理を認めるのはむずかしいものだが、少なくとも経済学の世界では、上の記述は世界でもっとも多く使われているMankiwの教科書に書かれている定説なのである。
それを全部説明するのは大変なので、勝間氏のお好きな「フィリップス曲線」を例に取ろう。頼まれもしないのに彼女の応援団を買って出て、私を「デタラメ」だの「間違いだらけ」だのと罵倒した矢野浩一氏は、その表現を撤回した(私にはまだ謝罪していないが)。それは当然で、彼の書いていることは、私のブログ記事とほとんど変わらないからだ。その彼もこう書いている。
[フィリップス曲線は]「短期的にはインフレ率が上昇すると失業率は減少する」、逆に言うと「短期的にはインフレ率が下落する、もしくは、デフレになると失業率は上昇する」ということを言っています。[・・・]もちろん、「インフレと失業率の短期的なトレードオフに直面している」というのはあくまでも「短期」の話なので、長期にはこの効果は消えてしまう訳ですし、「潜在成長率が高まる」なんてことを思っている訳でもありません。つまり勝間氏の信じている「インフレと失業率のトレードオフ」は消えてしまうので、それを基準にして政策立案する政府も中央銀行もないのだ。最近のDSGEと呼ばれる新しい理論には「新ケインズ派フィリップス曲線」というものが出てくるが、これは昔のフィリップス曲線とは関係ない物価上昇率の決定方程式であり、先日も紹介したMankiwの教科書の簡単バージョンでは、次のように書いている(少し省略した):
πt=Et-1πt+aΔYt
ここでπtはt期の物価上昇率、Et-1は前期のインフレ予想、ΔYtは外生的に決まるt期のGDPギャップ(aは定数)である。これはt期のインフレ率が前期のインフレ予想と今期のGDPギャップによって決まるという関係を示す式で、この逆の因果関係はない。つまり現在の物価が上がったら前期の予想が変わるとか、GDPギャップが変化するということは起こりえない(GDPギャップは別の式で決まる)。
したがって矢野氏も認めるように、インフレと失業のトレードオフも長期的には存在しないので、「インフレ率と失業率のバランスは、高度の政治的判断であって、政治家にしか判断できない」という勝間氏の主張も意味をなさない。インフレ予想Et-1を中央銀行が自由自在にコントロールすることがもしも可能なら、デフレを止めることができるが、それは前にも書いたようにゼロ金利では不可能だ。
これがマクロ経済学の「地動説」によるデフレの説明である。この説明の最大の難点は、直観的にわかりにくいということだ。これでもわかりやすくしたほうで、本当のDSGEの教科書にはいっぱい数式が出てくるので、学部では教えられない。そのために公務員試験や会計士試験程度の経済学しか知らない人は、昔ながらの「天動説」にもとづいてフィリップス曲線やリフレなどの古い話を振り回す。
しかし矢野氏も認めているように、もしもGDPギャップを金融政策で100%埋めることができるとしても、潜在成長率はまったく上がらない。最新の推定では、日本の潜在成長率は約0.9%だ。これでは勝間氏の期待するように「日本経済が元気になる」とはとてもいえないだろう。要するにデフレは不況の結果であって原因ではないのだ。お札を印刷すれば景気がよくなるなんて都合のいい話はなく、潜在成長率を上げるためには実体経済の効率を上げる規制改革など別の政策が必要である。
コペルニクスが地動説を唱えたのは1542年だが、ローマ・カトリック教会がそれを公式に認めたのは、なんと1992年だ。直観に反する真理を認めるのはむずかしいものだが、少なくとも経済学の世界では、上の記述は世界でもっとも多く使われているMankiwの教科書に書かれている定説なのである。