原丈人というベンチャー・キャピタリストが最近、霞ヶ関では人気らしい。アメリカで投資活動をしながら「市場万能主義」や「株主万能主義」を批判しているからだろう。彼は先週と今週の週刊ダイヤモンドに、複数の共著者とともに「公益資本主義の確立に向けて」と題する論文を発表しているが、その議論は根本的に誤っている。彼はおなじみの囚人のジレンマの利得行列を説明し、両者が裏切る場合の利得を各2万円、両者が協力する場合は各3万円と仮定して、こう書く:
両プレイヤーが合理的になれば、共に裏切る戦略で[それぞれ2万円を得て]、右下のゼロサムになる。[・・・]しかし社会全体で考えれば、すなわち公益を考えれば、協力し合って、それぞれ3万円、合計6万円を得るプラスサムがよい選択だ。
この文章が間違っていることは、経済学部の学生でもわかるだろう。そもそも2人のプレイヤーが各2万円を得るのに、なぜ「ゼロサム」なのか。原氏の算術では、2万円+2万円=0なのだろうか。囚人のジレンマは非ゼロサムゲームの一例である。ゼロサムゲームとは、囲碁や将棋のように一方が勝ったら他方が必ず負ける(利得の和がゼロの)ゲームをいうのだ。

したがって両者が協力する場合を「プラスサム」と呼ぶのもナンセンスであり、「すべての関係者が満足できるプラスサムゲームを目指すことが経営者の責任である」という文章も意味をなさない。それを実現する「制度設計」として原氏の提案する「利益を公平に分け合う公益資本主義」なるものも、具体的な内容のない美辞麗句を連ねただけだ。漠然と「長期的な協力が必要だ」というが、かつて「長期的視野の経営」として賞賛された日本的経営が、どういう末路をたどったか知らないのだろうか。

原氏が経済学を理解していないことは、この例だけで十分わかるだろう。率直にいって、この論文の内容はモリタクといい勝負の通俗的な「市場原理主義批判」で、学問的には取るに足りない。共著者に名をつらねている3人の東京財団の研究員も「アドバイザー」である加藤秀樹氏(東京財団会長)も、2+2=0の世界に住んでいるのだろうか。特に加藤氏は民主党の「行政刷新会議」の事務局長なので、こういう間違いだらけの「理論」で財政を扱われては困る。