まず高橋洋一氏の本を出版した講談社の判断に敬意を表したい。草彅君は逮捕されても1ヶ月で復帰できるのに、書類送検だけだった高橋氏の著者名まで削除されるのは不公平だ。問題の事件については、彼はこう説明している:
ロッカーを使おうと見ると、先客が忘れていったのか、何かが目に止まった。この時点では、徹夜明けで朦朧としていた私は、それが何かを認識する前に、何か忘れ物があると思っただけだった。このときは、マッサージの時間に遅れたくないという気持ちが強く、後で届けようと、その程度に意識していた。ところが、マッサージを受けている間に気持ちよくなり、その後寝込んでしまった。
おそらく時計と財布をもったままマッサージを受けたのだろうが、窃盗犯が犯行現場で2時間ものんびりマッサージを受けるとは考えにくい。警察に事情を説明すれば過失ですむ話だったと思うが、警察の「素直に犯行を認めれば外には漏らさない」という誘導に乗ってしまったようだ。彼も「ミスだった」と認めているので、もう「時効」にしてもいいのではないか。 本論のほうは、これまでの本と重複する話が多い。目玉は政府紙幣だが、これについては深尾光洋氏の批判に尽きていると思う。そもそも問題は、日本経済がこんな異常な(と著者も認める)政策を発動するほど非常事態にあるのかということだ。今年4~6月期の実質GDPは年率2.3%に回復した。コアCPIは-2.4%だが、エネルギー価格を除けば-0.9%で、著者のいうように「10年後に物価が2/3から半分になる」という状況にはない。 著者の「80兆円(16%)のGDPギャップ」という推定は過大だ。その算定基礎になっている潜在成長率は年率2%近いが、これは経済財政白書の1%弱という推定に比べて著しく高く、非現実的だ。外需の大きな落ち込みは短期的なGDPギャップではなく、潜在成長率が下方屈折した可能性が高い。とすれば著者の提案する「75兆円の金融緩和」は、バブルをまねくだけだ。 物価安定目標人為的インフレ目標を意図的に混同するレトリックも相変わらずだが、著者の恩師バーナンキが後者をまったく採用しなかったことで答は明らかだろう。なぜ著者が、専門でもない金融政策にこだわるのかよくわからないが、後半の構造改革についての議論には全面的に賛成だ。短期的な「景気対策」より、規制改革によって労働生産性を上げ、潜在成長率を上げることが重要である。バーナンキ師匠も示唆したように、今や超緩和政策の必要な非常事態は終わり、「出口戦略」を考える時期なのだ。 追記:本書の原稿は事件前に脱稿していたとのことなので、発売までほぼ半年かかっている。全体に危機感が誇張された印象があるのは、このタイミングのずれのためだろう。