ミラーニューロンの発見―「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
他人の感情を理解するメカニズムとして、一時期の脳科学では他人の行動から感情を推論するアルゴリズムを想定したが、これではたとえば親子の愛情などは理解できない。

リゾラッティたちは90年代初めに、偶然「人の気持ちがわかる」ミラーニューロン発見した。猿がものをつかむと発火するニューロンを調べる実験で、猿が休んでいるとき、たまたま観察している人間がものをつかむと、同じニューロンが発火したのだ。最初その意味はよくわからなかったが、彼らはメルロ=ポンティにヒントを得て、これを認識と身体をつなぐ器官だと考えた。

メルロ=ポンティはカントを批判して、人間の知覚は超越論的主観性のような抽象的観念に支配されているのではなく、身体そのものが主体なのだと論じた。もちろん彼の時代には、具体的にどういう器官が主観性をになっているのかはわからなかったが、もしかするとミラーニューロンがその一部かもしれない。

レイコフなどの言語学者も実験を行ない、人がものを食うとき発火するニューロンが、小説で食事の場面を読んだときにも発火することを発見した。つまり脳の中の言語とか観念によって意思決定が(合理的に)行なわれ、身体はその決まった行動を実行するだけ、というデカルト的な心身二元論が逆転され、むしろ身体や行動からのフィードバックによって言語や観念が形成されることがわかってきたのだ。

この「革命」はまだ進行中なので、その射程がどれほど大きいのか、あるいは経済学のような経験科学で検証可能な結果をもたらすのかどうかはっきりしないが、ニューロエコノミックスではミラーニューロンを扱い始め、アダム・スミスの「共感」とミラーニューロンを結びつける研究も出ている。未来の経済学の教科書は、脳科学の章から始まるようになるかもしれない。