3年ぐらい前からFacebookのアカウントはもっていたのだが、海外の友人にメールを出すときぐらいしか使っていなかった。しかし最近、Gmailのアドレス帳にある全員をFacebookが自動的に招待する機能ができ、私がうっかりそれを承認してしまったため、多くの人に招待状が届いたようで、申し訳ありません。

おかげで一挙にたくさん日本人のFacebook friendsができ、日本語と英語のメッセージが混在するようになった。比べてみると、日英のコミュニケーションの違いがわかっておもしろい。英語のメッセージは、オバマ政権の批判などの意見が多いが、日本語のほうは圧倒的にmixi的な日記だ。

またプロフィールをみると、欧米人は100人とか200人とか友人がいるのに対して、日本人は10~20人。これはもちろんFacebookが英語ベースだという理由があるだろうが、「友人」の概念に違いがあると思う。欧米で飛行機や長距離列車などに乗り合わせると、よく隣の人が「日本から来たの?」などと話しかけてくる。未知の人とのコミュニケーションの敷居が低いのだ。これに対して、日本では「赤の他人」に話しかける習慣はない。

これは山岸俊男氏の一連の研究でもおなじみの定型的事実で、ゲーム理論で合理的に説明できる。日本のような安心社会では「一見さん」を仲間に入れないことが長期的関係のレントを維持する上で重要なのだ。しかしこれはネットワークを広げる上では不便なので、まず相手を信頼して取引し、裏切り者は法的に処罰するのが欧米型の信頼社会である。

Greifの研究によれば、こういう2種類のネットワーク(マグレブ型とジェノア型)が混在するときは、ネットワークがグローバルに広がるにつれて後者(信頼ネットワーク)が前者(安心ネットワーク)を駆逐してしまう。さてFacebookの信頼ネットワークは、日本で広がるだろうか?