
とはいえ、これを通読した人もほとんどいないだろう。その解説本も今年たくさん出てきたが、読む価値のあるものは、私の立ち読みしたかぎり1冊もない。最悪なのは、三田誠広『マルクスの逆襲』だ。作品を死後70年も私有財産として独占しようとする利権オヤジに賞賛されていると知ったら、マルクスは怒るだろう。『資本論』を中心にしてマルクスの思想をやさしく紹介した入門書としては、廣松渉が晩年に書いた『今こそマルクスを読み返す』をおすすめする。
この他に、私が週刊ダイヤモンドの4月の特集で紹介した本はほとんど入っている(書評の仕事ばかり来るのも困ったものだ)。今回の特集では、私はあえて『資本主義と自由』を推した。ハイエクもフリードマンも読まないで「新自由主義は終わった」などと言っている連中にこそ読んでほしいからだ。
経済書以外では、『カラマーゾフの兄弟』をあげる人が多い。最近の亀山訳は5巻で100万部を超えたそうだが、ちょっと軽い。私は昔の米川訳のドロドロした感じのほうが好きだ。あと読み物としておもしろく読める古典としては、『福翁自伝』、『阿Q正伝』、『ジョセフ・フーシェ』、『裏切られた革命』ぐらいか。ちなみに多くの人が推薦している『プロ倫』は、ウェーバーの思いをこめた歴史小説みたいなもので、経済史の実証研究としてはほぼ否定されている。
廣松の新書は本当の初心者向けなので、これだけ読んでも『資本論』の中身はわからない。というか、むしろ廣松哲学の解説です。逆に今村仁司『マルクス入門』は、ほとんどが学説史的な解説に費やされ、『資本論』についてはほとんど書いてない。
もっと本格的なマルクス論としては、デリダ『マルクスの亡霊たち』、ドゥルーズ=ガタリ『アンチ・オイディプス』、アルチュセール『資本論を読む』といったポストモダン派のものがありますが、これは『資本論』より難解です(笑)
森嶋とか置塩など経済学者の書いたマルクス論は、「マルクスも新古典派的に解釈できる」というつまらない議論をしただけ。その延長上に「分析的マルクス主義」とかいうのがいまだにあるけど、不毛です。
人気があるのは柄谷行人あたりかもしれないけど、これは廣松の二番煎じ。むしろ内田義彦『資本論の世界』や平田清明『市民社会と社会主義』のような「市民派マルクス主義」のほうが、いま読むとぴったり来るかもしれない。市民的自由を追求するという究極の目的においては、マルクスとハイエクの距離は実はそれほどないのです。