日本郵政の障害者特例を悪用した事件は、厚生労働省の局長が逮捕される異例の事態に発展した。この事実関係には疑問も多いのでコメントは控えるが、「政治案件」という言葉にはピンと来た。私も似たような事件に巻き込まれた経験があるからだ。これについては当時、朝日新聞(2004/1/24)が社会面トップで報じた。
経済産業研究所(岡松壯三郎理事長)が、個人情報保護法案に反対するアピールの賛同者を募ったとして、幹部研究員を懲戒処分(戒告)したことがわかった。同省から「処分方針」の報告を求められた同研究所が新たに明文規定を作り、さかのぼって適用、処分した。処分を受けたのは池田信夫・上席研究員(50)。処分は昨年6月にあり、理事長や所長も管理責任を問われて訓告、副所長も厳重注意とされた。

同省や研究所によると、池田研究員は昨年4月初め、同研究所の研究員のほか政府関係者や大学教員、メディア関係者20人が参加する「インターネットを規制する個人情報保護法案に反対する」との内容の「緊急アピール」を掲載。所長やほかの研究員数人も賛同者になったが、「執筆者個人の責任で発表し、研究所としての見解を示すものではない」とただし書きがあった。

ところが経産省の大臣官房は研究所に「是正措置や関係者の処分方針」の報告を求め、事実上処分を促す文書を出した。同省や研究所によるとこうした文書は異例という。池田研究員は「最初の段階で、これは署名運動ではないと副所長に説明し、了解も得ていた。明文規定を作った後にさかのぼって処分したのは法治主義の原則に反する」と反論している。(強調は引用者)
この「異例の文書」を出したのが北畑隆生官房長(のちの事務次官)だった。この内部規定にも根拠のない強権発動に当時の研究員は全員反対し、数ヶ月にわたって本省と研究所が対立した。所長も研究部長も私を守ったが、岡松理事長(天下り)は私に「始末書」を書くよう強硬に求めた。この背景についても朝日新聞が書いている:
個人情報保護法案に反対する池田氏の動きについては国会の特別委員会で取り上げられ、細田博之IT担当相[現・自民党幹事長]が経産省に事実関係を問い合わせた。このあと処分を促す文書が出された。

池田氏は処分後、知人のキャリア官僚から「よくあることだ」と慰められた。官僚の世界では、政治家などのメンツを立てるために処分を「利用」すると知人から解説され、「自分も経産省の身内としてこの枠組に組み込まれたのか」と池田氏は感じた。
「事実関係を問い合わせる」というのは、「池田という奴を処分しろ」という命令の婉曲話法で、こういう意をくんで迅速に対応するのが「能吏」の条件だ。官僚にとっては、政治家は形式的には尊重するが、実態は法案を通す上での障害物にすぎないので、それを取り除くためには障害者団体の偽造ぐらい大した話ではない。今回それが結果として刑事事件になったのは不運だったが、この程度の話は霞ヶ関では日常茶飯事だ。もちろん違法行為を擁護する気はないが、本質的な問題は「政治案件」と名がつけば無理の通る霞ヶ関の体質にある。