村上春樹の新作は、発売日に予約だけで68万部という空前の売れ行きだが、中身を見ないで買うのはおすすめできない。率直にいって、彼の作品としては傑作とはいいがたい。

二つのストーリーが並行して語られる構成は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に似ているが、文体はそれほど実験的ではなく、『海辺のカフカ』の続編のようなような感じだ。テーマはカルト教団とセックス・・・と書くとドロドロした話みたいだが、それをSF風の軽い文体で書いている。ストーリーもわかりやすく読みやすいが、『ノルウェイの森』のような感動を求めると失望するだろう。というか、『ノルウェイの森』が彼の作品としては例外的に大衆的な小説で、彼は「国民的作家」になるタイプではない。

タイトルの『1Q84』(イチキュウハチヨン)というのは、主人公が1984年の世界から「パラレルワールド」に飛び込んでしまうという意味で、Qはquestionのqだ。これでもわかるように最初からリアリズムを無視した物語だから、リアリティを求めるのは野暮かもしれないが、ディテールにあまり説得力がなく、『ねじまき鳥クロニクル』のように架空世界をそれなりのリアリティで見せることに失敗している。そういう古典的な「純文学」を否定するのが著者のねらいかもしれないが、いずれにせよ常識的な読み方を拒否している小説で、決して大衆的な作品ではない。