雇用問題ほど、いろいろな神話が一人歩きしている分野はない。本書はその神話を具体的なデータで反証する。たとえば

  • 一度も転職しないという「終身雇用」はもともと存在しないが、長期雇用は崩壊していない。転職率はここ20年で1~2%ポイント増えているが、世界でも極端に低く、雇用の流動化は進んでいない。
  • 大学生が「就職後3年で辞める」傾向は、ここ15年ほど変わっていない。離職率は増えているが、その原因は大学進学率が大幅に上がったこと。
  • 「成果主義賃金」をとっている企業はほとんどない。実態は上司の査定による「能力主義賃金」で、これは中高年の賃下げを行なうため。
  • 年功序列は崩れ始めている。年齢給が減って査定部分が増え、50代で昇給はほとんどなくなる。
  • 「派遣を正社員にしろ」というが、実際にやったら正社員として就職できる人は1/20になる。規制強化は、まったく保護されていないアルバイトを増やすだけ。
  • 「労働分配率が下がったから内部留保を分配しろ」という類の議論はナンセンス。不況になると賃金の下方硬直性と労働保持によって労働分配率が上がり、好況になると下がる。労働分配率が最高だったのは、1998年の信用不安による大不況のとき。
  • 失業率や非正社員の比率が上がりはじめたのは90年代なかばからで、小泉内閣の構造改革とは無関係。
  • 「ワーキングプア」が500万人以上いるというが、その実態は主婦と学生で400万人。4人世帯主のワーキングプアは7万人。

    著者も問題にするのは、新卒のとき一生が保証される正社員と、毎年契約が更改される契約社員・派遣社員の格差があまりにも大きく、その中間の雇用形態がないことだ。その解決策として彼が提案するのは、正社員と契約社員の中間の「新正社員」だ。これは正社員のように全国を転勤するのではなく、地域や職種を限定し、その代わり解雇規制を緩和して、事業を縮小するときは解雇できるようにするものだ。これによって契約社員の雇用を安定化できる。

    私は、同じように雇用のポートフォリオを連続にするために、5年とか10年の長期契約を認めるべきだと思う。今の労働基準法では、3年以上の長期契約を原則禁止している。これは終身雇用(無期契約)だけが正しい雇用形態で、長期契約を結ぶぐらいなら正社員にしろという意味だが、かえって不安定な短期契約の反復をもたらしている。多様な契約を可能にするためにも、正社員の解雇規制を緩和する必要がある。現状では正社員の雇用保護が絶対的なので、有期契約で中核的な人材は集められない。

    著者もいうように長期雇用は日本企業に定着しており、解雇規制を緩和しても正社員がどんどんクビにされることはありえない。重要なのは、新卒のときの一発勝負で人生が決まる、労使双方にとってリスキーな雇用形態を多様化することだ。場当たり的な規制強化を繰り返すのではなく、柔軟で多様な雇用形態を実現するための雇用規制の包括的な見直しが必要だ。

    *アマゾンのタイトルの表記が「用の常識」になってますよ(修正された)。