日本の制度改革でもっともむずかしい(そのために取り残されている)のが、雇用規制の改革だ。特に長期雇用は、企業や労働者にとって個別には合理的であるため、それを改めるインセンティブがない。労働者にとっては、いつクビになるかわからない雇用契約より終身雇用のほうがいいに決まっているので、彼らが長期雇用を望むのは当たり前だ。他方、企業も他社が正社員を解雇しないで「労働保持」しているとき、自社だけ解雇すると、まともな人材は来なくなる。
だから労働者は転職を考えないで社内の出世競争に特化し、企業も正社員を解雇しないで新卒の採用を抑制し、非正社員に置き換える。こうした労働市場の二重化によって賃金に格差が生じ、平均賃金が競争的な水準より高くなって過少雇用が起こるというのが効率賃金仮説である。年功賃金は、効率賃金の一種と考えることができる。このように個別には合理的な行動の集計が社会的に非効率的な結果をまねく原因は、各個人や企業の行動が他の経済主体に影響を及ぼす外部性があるからだ。つまり次のような複数均衡が存在するわけだ:
しかしAkerlof-Shillerもいうように、これは経済主体に厳密な合理性を仮定しているためで、現実には人々は均衡を選んでいる。その基準は信頼と公正と物語だ。こうした心理的要因は、多くの人に共有されることによって確証され、さらに多くの人に共有される乗数効果をもつ。日本経済が曲がりなりにもやってこられた一つの要因が、人々が長期雇用という物語を信じてきたためであることは確かだが、そういう物語はフリーターの激増などによって失われてしまった。人々が物語を疑い始めると、その均衡は実現せず、それによって物語は信用を失うという負の乗数効果が生じる。こういう過渡的な状態(二つの均衡の谷間)が最悪である。
複数均衡の状態で均衡選択を行なうことが政府の本質的な役割であり、もっとも大きな物語の創作能力をもつのも政府である。したがって厚労省が政策を転換して1の均衡を選ぶと宣言し、解雇規制や派遣労働の規制を撤廃するだけで、非正社員の問題は大きく改善する可能性がある。この政策には何のコストもかからないが、おそらく15兆円の補正予算より潜在成長率を引き上げる効果は大きいだろう。
だから労働者は転職を考えないで社内の出世競争に特化し、企業も正社員を解雇しないで新卒の採用を抑制し、非正社員に置き換える。こうした労働市場の二重化によって賃金に格差が生じ、平均賃金が競争的な水準より高くなって過少雇用が起こるというのが効率賃金仮説である。年功賃金は、効率賃金の一種と考えることができる。このように個別には合理的な行動の集計が社会的に非効率的な結果をまねく原因は、各個人や企業の行動が他の経済主体に影響を及ぼす外部性があるからだ。つまり次のような複数均衡が存在するわけだ:
- 柔軟な労働市場―競争的な賃金―容易な解雇―容易な転職
- 長期雇用―年功賃金―困難な解雇―困難な転職
しかしAkerlof-Shillerもいうように、これは経済主体に厳密な合理性を仮定しているためで、現実には人々は均衡を選んでいる。その基準は信頼と公正と物語だ。こうした心理的要因は、多くの人に共有されることによって確証され、さらに多くの人に共有される乗数効果をもつ。日本経済が曲がりなりにもやってこられた一つの要因が、人々が長期雇用という物語を信じてきたためであることは確かだが、そういう物語はフリーターの激増などによって失われてしまった。人々が物語を疑い始めると、その均衡は実現せず、それによって物語は信用を失うという負の乗数効果が生じる。こういう過渡的な状態(二つの均衡の谷間)が最悪である。
複数均衡の状態で均衡選択を行なうことが政府の本質的な役割であり、もっとも大きな物語の創作能力をもつのも政府である。したがって厚労省が政策を転換して1の均衡を選ぶと宣言し、解雇規制や派遣労働の規制を撤廃するだけで、非正社員の問題は大きく改善する可能性がある。この政策には何のコストもかからないが、おそらく15兆円の補正予算より潜在成長率を引き上げる効果は大きいだろう。