松任谷由実の3年ぶりのニューアルバム。正直いってあまり期待していなかったが、「デビュー35周年」にしてはまだ元気があるなと思った。
彼女は私と同じ学年で、たまたまデビュー・コンサートも聞いたので、時代的な体験も重なる。彼女の(人気の)ピークは80年代だった。そのころ私はNHKに勤務していて、彼女にインタビューしたことがあるが、松田聖子などにも曲を提供して多くのヒットを飛ばし、まさにバブルの象徴のような存在だった。「私が売れなくなるときは銀行がつぶれるときよ」という名言を吐いたが、その言葉どおり90年代に銀行がつぶれたころ、音楽的にもセールス的にも行き詰まった。
いま思えば、彼女の才能は「ビジネスモデル」を創造したことだったと思う。音楽的には最初の2、3枚のアルバムを除いてあまり見るべきものはないが、それまでのフォークソングがオープンソースだったとすれば、彼女は日本のポピュラー・ミュージックに資本主義を導入したビル・ゲイツみたいなものだ。2人に共通するのは、作品にはそれほどオリジナリティはないが、流通を戦略的にコントロールして利潤を最大化したことだ。
それは音楽を大衆化する上では意味があったが、戦略が前面に出てくると音楽としては興ざめになる。そして今や音楽産業そのものが危機に瀕している。音楽をビジネスとして成り立たせたのは資本主義にあわせただけのことで、金がもうからないと芸術が創造できないわけではない。制作・流通コストは大幅に下がったので、音楽はかつてのフォークソングのようにアマチュアがつくるものに戻るのかもしれない。リスナーとしては、よい音楽がたくさん創造されれば、レコード産業がなくなってもちっとも困らない。
同世代としては、彼女が「一時は引退を考えた」というぐらい煮詰まった気持ちもわかる。もう音楽を戦略的にプロデュースするのはやめて、楽しみながらつくってほしい。