週刊ダイヤモンドの経済学特集で「経済学の古典10冊」を選んだのだが、いちばん困ったのが新古典派の古典だ。もちろんワルラスやマーシャルもあるが、いま読んでおもしろい本ではない。普通ならヒックスの『価値と資本』だろうが、このリストではあえて絶版のKoopmans, "Three Essays on the State of Economic Science"を選んだ。
経済学を系統的に学んだ人とそうでない人の最大の違いは、経済システムを資源配分メカニズムと考えるどうかだと思う。「市場原理主義」を批判する人は市場を「金もうけのしくみ」と考えているのだろうが、新古典派の標準的な理論には貨幣は出てこない。また均衡状態では利潤はゼロで、誰ももうからない。市場メカニズムは主観的には利潤追求のしくみだが、結果的にはそれが「見えざる手」によって効率的な資源配分を実現するのだ。
このアダム・スミスの言明は神秘的で証明されてもいないが、それを数学的に証明したのが一般均衡理論だ。そのヒントになったのは、実は戦時経済の理論だった。戦争を効率的に遂行するために資源をどう配分すればいいかを研究する作戦研究(operations research)という分野が1940年代に発達し、線形計画やシンプレックス法などの手法が開発された。それを経済学に応用し、利潤の最大化と資源の最適化が数学的には同一だという双対性(duality)を証明したのがKoopmansである(彼はスウェーデン銀行賞を受賞した)。
作戦を効率的に進めるために重要なのは、すべての資源をバランスよく配分することだ。兵力がいくら充実していても、兵站が不足していると、日本軍のように戦死者の半分以上が餓死という悲惨なことになる。多くの資源を動員するとき、戦力の水準を決めるのはボトルネックとなる資源だから、資源のバランスを計算して戦力を最大化するのがORだ。
市場は、この最適化計算を価格を通じて行なうしくみである。ある資源がボトルネックになっていると、その価格が上がる。そうするとその部門に多くの企業が参入し、生産が増えてボトルネックが解消され、全体の効率が上がる。つまり市場経済は、価格というシグナルを媒介にして利潤を最大化することによって効率的な資源配分を計算する、巨大なコンピュータなのである。同じことを計画経済でやろうとすると、データ量が膨大で刻々と変わるので、実際には計算できない。
もちろん、こういう効率性はきわめて特殊な条件のもとで成り立つので、すべての市場が効率的だというわけではないが、市場以外にこういう性能をそなえたメカニズムは見つかっていない。つまり市場は、集権的な計画当局なしに資源を効率的に配分する分権的意思決定のメカニズムなのだ。Koopmansの本の第1エッセイは、この点をむずかしい数式をほとんど使わないで図だけで解説している。
昨今の景気対策では、一時的な需要の追加ばかり話題になっているが、市場のもっとも重要な機能は、このような資源配分の最適化である。政府が「成長産業」を選んで育成する政策が、市場より効率的な状態をもたらす可能性はまずない。それが本当に成長産業だったら民間が投資しているから、政府投資は民間投資をクラウディングアウトするだけだし、成長産業でなかったら無駄づかいに終わる。最初に15兆円という入れ物が決まって、あとから中身を考えるバラマキ政策は、市場の機能を殺して日本経済の生産性を低下させるおそれが強い。
経済学を系統的に学んだ人とそうでない人の最大の違いは、経済システムを資源配分メカニズムと考えるどうかだと思う。「市場原理主義」を批判する人は市場を「金もうけのしくみ」と考えているのだろうが、新古典派の標準的な理論には貨幣は出てこない。また均衡状態では利潤はゼロで、誰ももうからない。市場メカニズムは主観的には利潤追求のしくみだが、結果的にはそれが「見えざる手」によって効率的な資源配分を実現するのだ。
このアダム・スミスの言明は神秘的で証明されてもいないが、それを数学的に証明したのが一般均衡理論だ。そのヒントになったのは、実は戦時経済の理論だった。戦争を効率的に遂行するために資源をどう配分すればいいかを研究する作戦研究(operations research)という分野が1940年代に発達し、線形計画やシンプレックス法などの手法が開発された。それを経済学に応用し、利潤の最大化と資源の最適化が数学的には同一だという双対性(duality)を証明したのがKoopmansである(彼はスウェーデン銀行賞を受賞した)。
作戦を効率的に進めるために重要なのは、すべての資源をバランスよく配分することだ。兵力がいくら充実していても、兵站が不足していると、日本軍のように戦死者の半分以上が餓死という悲惨なことになる。多くの資源を動員するとき、戦力の水準を決めるのはボトルネックとなる資源だから、資源のバランスを計算して戦力を最大化するのがORだ。
市場は、この最適化計算を価格を通じて行なうしくみである。ある資源がボトルネックになっていると、その価格が上がる。そうするとその部門に多くの企業が参入し、生産が増えてボトルネックが解消され、全体の効率が上がる。つまり市場経済は、価格というシグナルを媒介にして利潤を最大化することによって効率的な資源配分を計算する、巨大なコンピュータなのである。同じことを計画経済でやろうとすると、データ量が膨大で刻々と変わるので、実際には計算できない。
もちろん、こういう効率性はきわめて特殊な条件のもとで成り立つので、すべての市場が効率的だというわけではないが、市場以外にこういう性能をそなえたメカニズムは見つかっていない。つまり市場は、集権的な計画当局なしに資源を効率的に配分する分権的意思決定のメカニズムなのだ。Koopmansの本の第1エッセイは、この点をむずかしい数式をほとんど使わないで図だけで解説している。
昨今の景気対策では、一時的な需要の追加ばかり話題になっているが、市場のもっとも重要な機能は、このような資源配分の最適化である。政府が「成長産業」を選んで育成する政策が、市場より効率的な状態をもたらす可能性はまずない。それが本当に成長産業だったら民間が投資しているから、政府投資は民間投資をクラウディングアウトするだけだし、成長産業でなかったら無駄づかいに終わる。最初に15兆円という入れ物が決まって、あとから中身を考えるバラマキ政策は、市場の機能を殺して日本経済の生産性を低下させるおそれが強い。


