The Economics of Growth追加経済対策15.4兆円の中身をよく見ると、「緊急対策」に4.9兆円で「成長戦略」に6.2兆円と、中長期の予算のほうが多い。これは「短期的なバラマキ」との批判を意識したものだろうが、その成長戦略の中身はといえば、太陽光システム、エコカー、介護、観光大国、コンテンツ産業など流行の話題を雑然と並べた、古めかしいターゲティング政策だ。これは官僚(特に経産省)が最近の経済学を知らないためだと思う。

日本経済にとって本質的な問題は一時的な需要の追加ではなく、持続可能な潜在GDP――Mankiwの言葉にならうと自然GDP――の水準をいかに高めるかである。これはマクロ経済学というより、成長理論のテーマだ。本書は、シュンペーターの創造的破壊の概念を中心にして最近の成長理論をまとめたもので、Acemogluに比べると質量ともに読みやすい。

経済成長の最大のエンジンがイノベーションだということについては、理論的にも実証的にも広い合意があり、成長理論においても「新しいコンセンサス」ができつつあるといってもよい。しかしこの場合のイノベーションとは技術革新ではなく、企業の新陳代謝である。Aghion-Howittのモデルを直感的に説明すると、産出量(GDP)をY、Aを技術(生産性パラメータ)、Kを資本とし、コッブ=ダグラス型の生産関数を想定すると、t期の産出量Ytは、

Yt=AtaKt1-a

であらわされる(0<a<1)。ここでAtはtの増加関数だとすると、新しい技術を採用するほど生産性は高くなり、成長率は上がる。いま経済をn部門にわけ、部門iのt期における産出量をYitなどと書くと、

Yt=ΣYit=ΣAitaKit1-a

n=1のときtは初期値t0のまま変わらず、nが増えるにしたがってt期に新しい企業iが参入すると仮定すると、iが増えるほどAtが大きくなってイノベーションは高まり、成長率も上がる。すなわち企業の新陳代謝が増えるほど成長率は高まるのである。この場合の新企業は、いわゆるベンチャーに限らず、企業買収などによって資本の所有権を移転すれば新企業になる。つまり「成長戦略」にとってもっとも重要なのは、政府が特定の部門を成長産業とみなして補助金をばらまくことではなく、競争を促進して創造的破壊を促進することなのだ。

競争条件のほかに、各国を比較した実証研究で成長率を決める重要な要因とされるのは、資本市場の発達、労働市場の柔軟性、財産権の保護、教育、研究開発投資、市場開放などである。政府が成長率を高めることができるとすれば、こうしたメタレベルの制度設計によってであり、直接に特定の産業を「育成」するターゲティング政策は、先進国では有害無益である。