日本経済の罠 増補版
『日本経済の罠』が文庫で復刊され、竹中平蔵氏が解説を書いているが、それによると竹中氏の不良債権処理策の理論的根拠は、小林慶一郎氏の(というかBlanchard-Kremerの)disorganizationだったらしい。これは日本経済の問題を大規模なホールドアップ問題ととらえるものだが、まったく誤りである。

1990年代のロシアで起こったような取引停止によるサプライチェーンの寸断は、日本ではまったく起こっていない。1997年11月の山一証券から始まった金融危機は、古典的な取り付けだった。不良債権処理の最中に「日本版ビッグバン」を始めて不良銀行・証券を淘汰しようとしたのが、大蔵省の致命的な誤りだった。

山一の野沢社長が救済を求めて大蔵省の長野証券局長を訪問したとき、長野氏は「金融機関としてこんな信用のない会社に免許を与えることはできない」と自主廃業を宣告し、記者会見で「マーケットが無理をとがめる動きはビッグバンをやりたい人間としては望ましい」とのべた。

これによって銀行の大口定期がおろされる取り付けが起こったが、日本ではロシアのようなホールドアップ問題は起こらなかった。中小企業の経営は債権回収で破綻したが、大企業に対する債権は温存され、甘い予算制約で問題が先送りされた。これを清算したのが、竹中氏の不良債権処理だった。

誤った理論から正しい政策が出てきたのは、たまたま日銀の進めていた金融緩和で銀行に超過利潤が蓄積されていたからだ。竹中氏は銀行に不良資産の清算を求める代わりに、銀行の延命を認めた。株価が底を打ったのは、竹中氏が(債務超過の疑いの強い)りそなを救済してからだった。

つまり預金者の所得を銀行に移転し、それを原資にして不良債権を清算し、銀行を延命したのである。これは金融システム対策としては正解だったが、結果的にはバブルの「主犯」だった大蔵省と銀行を守って日本経済の長期停滞の原因となった。

ただ今回のアメリカの危機はdisorganizationに近いので、Blanchard-Kremerの理論どおり資本注入でホールドアップを減らすことが有効な対策になろう。日本とは逆に、危機の原因となった投資銀行はほぼ壊滅したので、銀行を延命する弊害は日本ほど大きくない。

だからクルーグマンやEconomist誌のいうように、国有化によって不良資産の清算を強制するのが正解だと思う。マーケットが「底を打った」と思わないかぎり経済は回復しない、というのがすべての金融危機に共通の教訓である。