先日の「総理にきく」で麻生首相がこう答えていた:
財政出動やったことをボロカスにたたかれましたけれども、今になって、日本がやってきたのは、あれは考えてみれば、彼らの勝利だったんだと言って、マーティン・ウォルフなんていう有名な人がウォール・ストリート・ジャーナルだか、ファイナンシャルタイムズに記事を書く。そういったとこでなっているとは思いますよ。
Martin WolfはFTの有名な記者で「ウルフ」と読むんだけど、まぁそれはいいとしよう。問題の記事は、クルーグマンなどにも引用されて、日本の90年代についての誤った教訓を世界に広めているようだ。麻生首相まで変な自信をもっても困るので、訂正しておこう。

まず致命的な問題は、ここでウルフが依拠している唯一の文献が地底人の本だということだ。それを真に受けて、ウルフは「バラマキ財政がなかったら日本のGDPは大恐慌になっていただろう」などと書いているが、図をみればわかるように、初めて「経済対策」が行なわれた翌年の1993年にはマイナス成長になり、小渕内閣で史上最大のバラマキが行なわれた1998年にもマイナス成長になった。翌年の景気対策でプラスに回復したが、2年後にはマイナスに戻ってしまった。景気対策と成長率には、ほとんど相関がないのだ。

ちゃんとした実証研究でも、財政支出の効果は疑わしい。井堀・中里・川出は次のように結論している:
消費に与える効果についてケインズ的なマクロ理論と全く逆の結果が得られる場合があったこと,公的固定資本形成による財政支出が経済変動にそれほど影響を与えなくなっていること,それによる税収増の効果が低かったこと,増税による経済への悪影響がそれほど大きくなかったことなどが示された。
この「増税による経済への悪影響」というのは、1997年の橋本内閣による消費税増税のことだ。ウルフが日本の勝利をたたえる唯一の根拠がこれなのだから、彼の論拠は実証的には100%否定されている。

資産価値が大きく失われても、1930年代のように中央銀行が引き締め政策をとらなければ、今回のアメリカが示している通り、大恐慌なんかにはならない。30年代の大恐慌を止めたのも金融政策だというのが通説だ。ウルフほどの記者が、その程度の知識もないのか、それとも日本の話なんか通俗的な解説書を1冊読めば十分と思っているのか。90年代の日本についての英文の本が、地底人のものしかないという状況は最悪だ。

こんなずさんな記事の孫引きで首相が勝利を宣言し、バラマキを正当化するのは困ったものだ。地底人は16日の「有識者会合」でも、また「無駄づかいでもいいから大規模に税金を使え」と繰り返した。この会合は、財界人から女性評論家まで83人に10分ずつしゃべらせ、そのうち経済学者は、あの中谷巌氏を含めてたった3人。ウェブで一流の経済学者が論争しているアメリカの状況と比べると、あまりの落差の大きさに絶望的になる。

追記:英文ブログにも書いた。