きのうの記事は経済学の常識を書いただけなのだが、意外に多くの反響があり、例によって「雇用の流動化で資本家がもうかるだけだ」という類の批判が多い。こういう感情論は、霞ヶ関では相手にされてないが、政治家やメディアにはまだ根強いので、その論理的な間違いを簡単に指摘しておく。

小倉さんが繰り返している「所得分配を平等にしたらGDPが増える」という話は、労働組合がよくいうが根拠がない。逆に限界税率を上げると投資が減ってGDPが下がるという議論もあり、実証的には決着がついていない。もともと税制のような所得分配を変える政策は、所得を高めるためのものではない。今のような不況期に必要なのは、資源配分の効率を高めてGDPを引き上げることである。

経済学部の学生なら1年生の夏学期に教わるように、所与の資源存在量のもとで効率的な資源配分は、異なる所得分配に対応して無限に存在する。そのうちどれが公平かは理論的には決まらないが、所与の所得分配のもとでどういう資源配分が効率的かは一意的に決まる。たとえば土建業で50万人が失業し、介護で50万人が足りないとき、前者から後者に労働力を移動することでGDPは明らかに増え、損する人はいない。これがパレート効率性の意味である。

所得分配は、それとは独立の問題である。小倉さんのように資本家も労働者も所得が同じになるのが公正だと思っている人もいれば、労働生産性に等しい所得を得ることが公正だと思う人もいる。何が公正な分配かというのは非常にむずかしい問題で、経済学でも政治学でも決着がついていない。現実にとられているのは、基本的には所得分配は市場にゆだね、最低所得を補償する政策である。

小倉さんを初めとする混乱した議論の特徴は、資源配分と所得分配をごちゃごちゃにしていることだ。パレート効率性は、高校の教科書にも出ているきわめて初歩的な概念なので、福祉を論じるなら、ウィキペディアでもいいから読んで、この概念を理解してから議論していただきたい。