麻生首相が「年内に天下りを禁止する」と表明したことが大きなニュースになっているが、これはまやかしだ。当ブログで何度も説明したように、もともと改正された国家公務員法では、再就職等監視委員会が承認しないかぎり天下りはできないので、監視委員会が発足できない以上、天下りは即時禁止にするのが当然だ。それを官僚が政令で「内閣総理大臣が代行する」という規定を入れて法律を改竄してしまったのだから、天下りを年末に禁止するのは「前倒し」ではなく、1年遅れである。

さらに大きな問題は、天下りだけが槍玉に上げられ、公務員のキャリアパス全体の改革が放置されていることだ。民主党は「ハローワークで職探しをしろ」というが、彼らはハローワークへ行ったことがあるのだろうか。50過ぎて給与の高い管理職が、ハローワークで職を見つけることはまず不可能だ。民間でも、50過ぎた経営者が転職するのは、企業の系列関係を利用する「天下り」に限られる。まして官僚には経営能力もないので、50代になると労働市場での価値はゼロに近い。

天下りは、役所の許認可権をバックにしているから成り立つのだ。官房秘書課長の仕事の7割は天下りの斡旋だといわれるが、企業にとってはこの斡旋の段階で役所に恩を売ることが大事なので、何の権限もない「官民人材交流センター」が斡旋しても受け入れるはずがない。そもそも許認可権が少なくなって、企業も天下りを断りたいと思っているから、今のように天下り反対論が盛り上がっているのだ。かつて官民癒着で双方ともおいしい思いをしていたときは、企業も天下りを批判しなかった。

だから天下りを禁止することは避けられないのだが、それには現在の人事制度全体を見直さなければだめだ。民主党は「人材交流センターもやめて定年まで役所で飼い殺しにすればいい」というが、役所には窓際ポストが十分ないので、人事は大混乱になるだろう。今までは窓際の給与を特殊法人が払っていたわけだが、特殊法人を減らさないで役所内の窓際が増えると、かえって総人件費が増える。だから天下りの禁止は特殊法人の削減と一体である。

さらに深刻な影響は、若い官僚に出てくるだろう。年功序列賃金は企業と同じように、役所に貯金し、天下りによってそれを引き出すシステムなので、貯金をおろす段階になってそれを封鎖するのは、契約理論でいうホールドアップである。これは事前の貯金(人的資本への投資)のインセンティブを低下させ、若い官僚は貯金しなくなるだろう。高橋洋一氏は、それを承知で意図的に貯金封鎖という「爆弾」を仕掛け、官僚のキャリアパスを見直すように追い込んだのだが、これはかなりリスクの高い戦術だ。

年功序列システムは、長期的関係に依存した製造業中心の産業構造と補完的な関係にあり、天下りは補完的ネットワークの要に位置しているので、これを破壊すると現在の霞ヶ関のシステム全体が機能しなくなるおそれも強い。事実、官僚は人事制度を見直すのではなく、逆に爆弾を不発弾にすることに全力を注ぎ、人事院まで動員して全面的に抵抗している。このまま自民党が天下りだけを禁止し、官僚がそれを換骨奪胎する闘いが続くと、霞ヶ関の政策遂行能力はかなり落ちるだろう。

天下り禁止は、官僚機構を根本的に変える第一歩にすぎない。補完的な制度は一部だけ変えてもだめで、全体を整合的に変えなければならない。長期雇用の賞味期限が切れたことは官民ともに共通なので、これを機会に日本でもexecutive marketを成立させ、能力のある官僚は民間に出て行くことを奨励するしくみをつくってはどうだろうか。そしてキャリアパスも専門性を高め、外部労働市場で通用する技能を蓄積するように変える必要がある。それが成功すれば、民間でも行き詰まっている「日本的雇用慣行」を変える足がかりにもなるかもしれない。